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2016.11.18

『バージンチーク』 #1 大西智子

  しばらく預かってくれない、とまるで犬猫の話をするみたいに姉が言った。隣の汐里を見る。自分のことを話されているのも構わず、私がこだわり抜いて配したインテリアをもの珍しそうに見まわしている。

  私と姉は昔から、よく似ていると言われた。なのに美人と評される姉に対し、私の顔は十人並み、もしくはそれ以下、端的に言えばブスだという評価しか下されたことがない。

  一重、小ぶりな鼻、薄い唇という顔立ちはバランスも悪く、地味で引っかかるものがない。かたや姉は同じようなパーツでも、配置の妙によって完璧な黄金比を生み出し、クールで気高い印象を与える。私とはまさに紙一重の差で、個性的な美しさを醸し出しているのだ。

  姉の切れ長の目が、すっと筆を走らせたように細くなる。計算し尽くされた美しい表情だ。

「春休みの間だけでいいのよ。この子ね、あんたに会うの楽しみにしてたんだから。ね、汐里も会いたがってたもんね。繭子おばちゃん、懐かしいでしょ。覚えてないか。最後に会ったの、まだ汐里が三歳のときだったもんね」

  そうだね、と気の利かない相槌を打つ。五年間行方知れずになっていた姉から突然電話があったときから、どうせろくでもない用件だろうとは思っていた。

  姪っ子の汐里は小学二年生のわりに背が高く、四年生ぐらいだと言われても違和感はない。幼いころの姿と結びつかず、さっき思わず初めましてと言いそうになった。そういえば、姉の別れた夫もかなりの長身だったなと思い出す。

  姉の印象はほとんど変わらなかった。少し痩せたなあと思ったぐらいだ。姉は今年で四十二になるが、とてもそうは見えない。ひとつも年を重ねずショートカットしてきたみたいだ。ともすれば二つ下の私のほうが年上に見えるのではないだろうか。

「新しい仕事始めてから忙しくってさあ。どうにもなんないのよね。なかなか構ってあげられないし、ずっと一人で留守番っていうのもかわいそうだし。その点あんたなら、ほとんど家にいるからちょうどいいかなと思って」

  姉が部屋を見渡す。リビングは花で満たされていた。メヌエットに染め上げた花弁をメリアコサージュにしてあしらったリース、シャンパンゴールドのフラワーベースにキャンドルを立て、チョコレートブラウンの薔薇でアンティーク調に仕上げたオーナメント、グリーンのグラデーションが施された大輪のイングリッシュローズと多肉植物を組み合わせたボタニカルボード、ピュアナチュラルなホワイトローズとライトグリーンのビバーナムをブーケアシストにワイヤリングしたティアドロップブーケ。壁やカウンターやキャビネット、出窓のちょっとしたスペースまで、いたるところにプリザーブドフラワーが溢れている。

  プリザーブドフラワーアレンジメントの講師として生計を立てるようになって、十年以上経つ。週に四回午前と午後、自宅マンションのリビングでレッスンを行っている。部屋中に置いたプリザーブドフラワーは、そのアレンジ見本として展示してあるのだ。

「そうはいっても、私にだって仕事があるし」

「え、ちょっとなにこれ」

  私の返答を無視して、姉はなにかをめざとく見つけ、噴き出した。フラワーベースの端っこに、目立たぬよう打ってある銘を指差す。黒十字百合子。姉が読み上げたのは、私の作家名だ。

「これってあんたのことなの?」

  昆虫や小動物を弱るまでいたぶる幼児のように、姉は残酷で無邪気な笑みを浮かべる。多少大げさでも華やかな名前にしたほうがいい、というアドバイスと共にある人からもらった名前だ。正直気恥ずかしくもあったが、自分でデザインしたアレンジには必ず銘打ち、展示会への出品などもこの名で行うようになった。

「は、すっご。前時代の少女漫画家みたい。あんたって見かけによらず少女趣味だったもんね。相変わらずなんだ」

  私は曖昧にうなずき、苦い笑いを噛み殺す。久々に姉の率直な物言いに当てられて目が眩む。姉は作品を手にとっては眺め、へんなかたちだの、よく見たら安っぽいだの好き勝手な評を下す。

  姉がいなくなったのは、元々折り合いの悪かった両親に結婚を反対されたことがきっかけだった。姉の元夫には前妻との間に娘が一人いて、そのことが両親は気に食わなかった。

  しかし姉は強引に入籍し、汐里を生む。孫ができたことで両親の態度は軟化したが、それ以後も衝突は絶えなかった。そしてとうとう行方をくらませることとなる。

  両親は躍起になって姉を探したが、私は案じていなかった。というのも、ツイッターを通して姉とはゆるい繋がりがあったからだ。板ばさみになりたくなかったので、そのことは両親には告げていない。ツイッター上で姉と言葉を交わすことはなかったが、ときどきタイムラインに上がってくる内容から、なんとなくの近況は把握していた。

  姉はこの五年間の間に、汐里の父親とは借金が元で離婚し、別の男と再婚している。北海道に一時住んでいたことがあり、四回引っ越している。保険のセールスや友人が経営するバーの店員や医療事務など転職を繰り返し、今は結婚アドバイザーという仕事を始めたばかりだ。

  一方私はというと、なにもない。独り身で、恋人もおらず、日々仕事をこなすばかりだ。教室にレッスンを受けにくる生徒は、近所に住む年配の女性が多い。死んだ夫の仏壇に供える花を自分で作りたくて、という動機でやってきた人もいる。

  会話の内容は親の介護や血圧、血糖の数値が主で、フィットネスクラブの新しいインストラクターが男前だ、という話題がときどき上る以外、浮いた話はない。

大西智子 Tomoko Onishi
1979年大阪府生まれ。 京都光華女子大学卒業。 2008年に『ベースボール・トレーニング』で第26回大阪女性文芸賞を受賞。 2014年に収録作の『カプセルフィッシュ』が第8回小説宝石新人賞・優秀作に選ばれ作家デビュー。

 

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