美ST ONLINE 無料会員登録 あなたの「美生活」に役立つ情報お届けします

新着
2016.11.25

『バージンチーク』 #2 大西智子

  私と姉は正反対だ。容姿だけでなく、すべてにおいて姉は私より一段上等にできていた。私には到底学力の及ばない高校に進学し、アルバイト先のまかないがいつもパスタだから太ったとぼやきつつ、型紙を切り抜いたみたいな抜群のプロポーションを維持し続け、休日はバーベキューだの海水浴だのスノボだのと多くの友人と出かけ、常にボーイフレンドを途切れさせず、そんな三年間を送りながらもそこそこ名の通った私立大学に現役合格した。

  同じころ私は今より十キロ以上太っていて、偏差値が中の下ぐらいの高校に通い、少女漫画やハーレクイン小説を読むのだけが楽しみな毎日を送っていた。

  私があんたみたいだったらとっくに死んでる。姉にそう言われたことがある。なにかのおり、きっと些細なことで口喧嘩でもしたのだろう、姉は唇の端を意地悪く持ち上げて、粘着質な口調で言った。そんなに醜く太って、馬鹿みたいな高校に通って、よく生きていられるよね。

  もちろん勢いに任せて言ったことなのだから、なにも律儀に傷つくことなどなかったのかもしれない。だがそれは毒を含んだ矢じりとなって突き刺さり、じわじわと長い年月をかけて全身を蝕んだ。

  返す言葉もなく黙りこんだ私を、姉は洞穴より深い眼差しで見ていた。思惑通り傷つけられたことを確認し、私の暗い影に自分が放つ光を当てて、優越感に浸っているようだった。

  高い学力、精巧な顔の造作、完璧なスタイル。私がどれだけ羨み欲してきたか知れないそれらを、姉はたやすく手に入れておきながら、特別ありがたがりもせず、いつもぞんざいに扱った。大学をあっさり中退し、定職にも就かず、挙句の果てには愚にもつかない男と結婚した。

  今度は娘か。私は姉に気け取どられないよう嘆息する。まだほんの乳飲み子のころから、姉はなにかにつけては汐里を人に預けることがあった。子育ての経験もない私や、ときには仲の悪い両親にまで世話を押しつけた。そういうときだけは甘えた声を出して都合よく利用していた。

  姉は昔から他人を振りまわす人だった。なんでも自分の思いどおりにならないと気がすまず、気に食わないことがあると癇癪を起こし、家のものをよく壊した。いつも飲んでいる野菜ジュースが冷蔵庫に入っていないだとか、テレビの録画予約に失敗しただとか、そんな些細なことでも。

  汐里はさっきから大人しくソファに腰かけている。ニットにはたくさんの毛玉がついていて、タイツの膝は擦り切れていた。もの言わぬ彫像のように動かず、子どもらしく飛び跳ねたり、はしゃぎまわったりするさまを思い浮かべることができない。目が合い、反射的にほほ笑むと、汐里もぎこちなく笑った。

「汐里はね、クラスで一番背が高いんだよ。よく高学年に間違われるの。でも身長のせいだけじゃないと思うんだよね。落ち着いてて頭のいい子だから、年上に見られるんだよ。もうお風呂も一人で入れるし、簡単な調理もできるし、なんでも自分でするから手はかからないと思う」

  姉はセールスマンみたいなトークを並べる。ね、と姉が汐里の肩に手を置いた。汐里はまたぎこちない笑みを浮かべ、こそばゆそうに身をよじった。その拍子に姉の手が肩から滑り落ちる。一瞬姉の顔が曇った。

「まあちょっと、苦手なものはあるけど」

  汐里から目を離さずに、姉が言った。

「あんた、男はいないよね」

「なによ、唐突に」

「この子、大人の男が苦手だから」

  なにそれ。呟いた言葉がぽっかり浮かぶ。姉がじっと汐里を見ている。その視線に漠然とした不気味さを感じる。姉は私の質問にまともに答えず、ちょっとね、と言葉を濁した。ねえ、男いないんだよね、と念を押すので、私は渋々うなずく。

「だと思った」

  ふっと笑い、姉が湿り気の多い息を吐く。服が濡れたように重く感じる。なんなのよ、と言い返しても、うん、まあね、と実のない返事を繰り返し、ごまかすばかりだ。どういうことかとしつこく聞き続けたら、とうとうなにも答えなくなった。

  汐里は姉と私、交互に視線を動かしている。自らの運命を、ただ座って静かに受け入れている。誰に抱き上げられることになっても抵抗するすべのない、赤ん坊と同じだ。

  数時間ごとにミルクを飲ませ、背をとんとん叩いてげっぷをさせ、膨れ上がったおむつを替え、抱っこをして寝かしつけ、泣き出したらあやし、汐里を自分の子のように世話をしたことが懐かしい。

  四十を前にして、自分の子を持つことはほとんど諦めている。なにも成し遂げていない自分の人生に焦り、せめて子どもでもいればと強く欲したこともあったが、今はそんな時期も過ぎた。

「ねえ、……汐里、ちゃんは、それでいいの」

  姪をどう呼んでいたのか、思い出せずに間が空いた。水を向けられた汐里はなにも言わない。

「ああ、大丈夫だから、この子は」

  代わりに答えたのは姉だった。ね、と汐里に同意を求める。それを受けて汐里は、焦点の定まらない目でこっくりうなずいた。

  もし私が断れば、汐里はどうなってしまうのだろう。姉のことだから、大人しく諦めるとは思えない。他の誰かに預けられることになるのだろうか。いや、そもそも他に預ける相手がいないから、五年も疎遠になっていた妹を訪ねてきたのではないだろうか。

大西智子 Tomoko Onishi
1979年大阪府生まれ。 京都光華女子大学卒業。 2008年に『ベースボール・トレーニング』で第26回大阪女性文芸賞を受賞。 2014年に収録作の『カプセルフィッシュ』が第8回小説宝石新人賞・優秀作に選ばれ作家デビュー。

 

セレSTORY ここで買える kokode.jp

totop
Mail
Instagram
rss
美ST
美魔女
セレSTORY
STORY
光文社

Copyright© 2017 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.