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2016.12.09

『バージンチーク』 #4 大西智子

  ミニうどんが運ばれてきて、汐里は黙々と箸を運ぶ。私がビールジョッキを半分ほど空け、ハンバーグを切り分けているうちに、あっという間に平らげた。つゆの中に沈んだうどんの切れ端を、箸ですくいあげようと格闘している。麺がなくなると口をつけてつゆを飲み干し、箸をそっと器に架けた。

  食べ終わった汐里は手持ち無沙汰に店内を眺めている。私は再びメニューを広げ、お子様ポテトとからあげを追加注文した。汐里は疑うように私を見たが、私も食べたいから、と断った。

  運ばれてきたそれらを汐里に勧める。初めは遠慮がちに、次第に大胆に平らげていく汐里を見ながら、私はビールをちびちびと飲んだ。せっかくだからデザートも食べようか、と空いた皿を下げにきた店員にプリンパフェを頼む。二人で分けようと言っていたが、汐里は勢いよくスプーンを伸ばし、ほぼ一人で完食した。

「あ、クリームついてるよ」

  唇の端を指差す。口元を拭う汐里の手はクリームをかすめた。私が指を伸ばしかけたとき、汐里は白いくたびれたポーチの中からコンパクトを取り出した。鏡に顔を映し、そっと紙ナプキンでクリームを拭き取る。口紅でも落とすかのようなその仕草が妙に堂に入っていて、二年生とはいえさすがに女の子だなと感心する。

  汐里が持っているコンパクトには子ども向けとは思えないような意匠が凝らしてあって、よく見たらそれはファンデーションのケースだった。艶のあるシルバーで、蔓のように伸びた立体的な模様がついている。

  ねえ、それ、と声をかけた私を、汐里が見上げる。まともに目が合った。はっとして、言葉を飲みこむ。汐里の顔を無遠慮に眺めた。黒い髪はさらさらと流れているが、顔には凹凸が少なく、特徴がない。新月のように細い目がこちらを向いていた。表情は淡く、ぼんやりした印象を抱かせる。どうしようもなく足りない、と思わずにはいられなかった。不完全な顔。私は決定的なことに気づく。

  汐里は私に似ている。こめかみのあたりが固まる感覚がする。汐里はなにかを言いかけて止まった私をじっと見ている。ずっと引っかかっていたものの正体がやっとわかった気がした。顔の造作のひとつひとつは、確かに親子であることを裏付けるように、姉と似ている。しかしまとまりがなくぼやけていて、きりりとした姉の美しさとは似ても似つかない。

  美しい姉の娘でありながら、ちっとも美しくない汐里。似ているのは肌の白さぐらいで、地味で、目立たない顔は、どこからどう見ても私にそっくりなのだ。

  なんて色彩に乏しい表情をしているのだろう。バランス、配列が、福笑いみたいにズレている。それはわずかな誤差だが、絶対的なちがいだ。こうして向かい合っていると、否応なしに思い知らされる。自分もこんな色のない表情をしているのだと。はたから見れば私たちは、まぎれもなく親子にしか見えないだろう。

  息を吸いこんで、喉に戻しかけていた言葉を引っ張り出す。

「その、ポーチの中って、なにが入ってるの」

  汐里はうつむいて、ポーチを膝に載せたまま、いろいろ、と答えた。

「さっきのコンパクトって、しいちゃんの?」

  舌の上がざらりとした。しいちゃん、と呼びながら、そうだ、私は姪っ子をそう呼んでいたのだと思い出す。愛称で呼ぶことがしっくりこないほど、離れていた時間は長い。テーブルをはさんで座っている、今のこのぐらいの距離感がふさわしい。汐里はたどたどしく説明する。

「これは、お母さんが私に、くれたやつ。お母さんは新しいの買って、いらなくなったの、私にいっぱいくれるから」

  へえ、いっぱいあるんだ、と言うと、汐里は、うん、とポーチの中身を見せてくれた。ファンデーションの他にも、チーク、マスカラ、アイシャドウ、口紅など一通りそろっている。私はあまり詳しくはないが、どれもこれも有名なブランドのものばかりだ。

  こういった化粧品がどれほど高価なのかは知っている。中にはほとんど使われていないものもあった。姉はこんな高い化粧品を、ほとんど使い捨てのように、娘のおもちゃとして与えているのかと思い、なんともいえない気分になった。子どもにわけのわからない名前をつける親とか、店員に対してものすごく横柄になる客とか、到底理解できない相手と対峙したときのような、不安定な心地がする。

「すごいね、これ全部お母さんがくれたんだ。でもさ、しいちゃんも、もうお化粧とかするわけ」

  しない、と汐里は即座に首を振った。きれいだから集めているだけ、ときっぱり言い切る。

  確かにそれらの化粧品は、ラメやストーンで装飾され、蝶やリボンが立体的に浮き上がり、カラフルに色づけされ、どれもつやつやと鏡みたいに光を反射している。私も子どものころ、きれいな、しかしなんの役にも立たない石やビー玉を集め、宝石箱と呼んでいたお菓子の缶に入れていたことを思い出す。

「そっか。まあまだ早いよね、しいちゃんには。お化粧なんかしなくても、お肌とかつるつるだしさ。使う必要ないよね」。

  そうは言ってみたものの、肌のきめ細かさはともかく、汐里の顔にはなにかが足りない、という思いは拭えない。フラワーアレンジでいうところの、フォーカルポイントだ。どこに視線を集めたいか、どこをメインに据えるか、フラワーアレンジでは、一番の見せどころを真っ先に考える。これをメインの花と決めたら、あとは引き立て役に徹する。

  汐里の顔にはそれがない。力のある目とか、ぽってりした唇とか、すっと筋の通った鼻とか、メインとなる大輪の花がない。どれもが小ぶりで無個性だ。たとえばグリーンベースのアジサイやリーフの中に、たった一輪ダリアやラナンキュラスを挿すだけで、全体が鮮やかに生まれ変わるのに。

大西智子 Tomoko Onishi
1979年大阪府生まれ。 京都光華女子大学卒業。 2008年に『ベースボール・トレーニング』で第26回大阪女性文芸賞を受賞。 2014年に収録作の『カプセルフィッシュ』が第8回小説宝石新人賞・優秀作に選ばれ作家デビュー。

 

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