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2016.12.16

『バージンチーク』 #5 大西智子

  フラワーアレンジなら花を一輪挿せば見違えるが、生まれ持った顔はどうしようもない。たとえば私が姉のように、高価な化粧品を使ったところでどうせ似合わない。磨いたところでただの石は光らない。だから花の世界に没頭したのだ。こんな自分でも、華やかで人目を引く作品を生み出せることに、かすかな興奮がある。グリーンベースの自分が、色とりどりの色彩を生み出すことができるのだ。

  食事を終え、レジで会計を待っていると、背後がにわかに騒がしくなった。なにしてんのもう!と叱責が聞こえる。振り返るとさっきドリンクバーにいた男の子が、剥いた甘栗みたいに顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。メダルがない、と叫んでいる。

「だから言ったでしょ。ママがメダル持っててあげるって。もう知らないからね」

  お母さんが高い声を張り上げる。男の子の泣き声がさらに強度を増す。一緒に来ていた他の母親や子どもたちが、床にしゃがんでテーブルの下をのぞいていた。

  お子様セットのおまけについていた、メダルを探しているようだった。レジの横にはメダル専用のガチャガチャが二台置いてある。そういえば汐里のために頼んだお子様ポテトにも、メダルがついていたことを思い出す。店員からもらって、テーブルに置いて、それからどこにやったっけ、と考えているうちに、汐里が男の子にメダルを差し出していた。

  汐里の手に載っているメダルは、ずっと握りこんでいたのか、汗で濡れてしっとり光っている。男の子は真っ赤な顔で汐里を見た。メダルがその手にあるのを見つけると、口を顔いっぱいに広げて笑った。無邪気に手を伸ばした男の子を、母親がたしなめる。

「こらダメよ。それお姉ちゃんのでしょ。ありがとうね、お姉ちゃん。でもいいのよ。この子が悪いんだから」

  母親に腕を引かれた男の子は、やだー、やりたいー、とさらに泣き叫ぶ。足を踏ん張り体をくの字に曲げている男の子に、汐里は強引にメダルを握らせた。男の子は母親の手を振りほどいて、やったあ、と飛び跳ねる。汐里には目もくれずにガチャガチャへと駆けていく。母親が呆れて息を吐いた。

「まったくもう。お姉ちゃんごめんね。ほんとによかったの?」

  汐里は遠慮がちにうなずいた。ああ、と私は内心舌打ちする。まぶたの裏に姉の影がちらついた。姉は子どものころから、ほしいものはどんな手段を使ってでも手に入れていた。私の持ち物であっても、これとこれと交換ね、と割に合わない交換をさせられたり、ちょっとだけ貸してね、と言ったまま返ってこなかったり、いつの間にかなくなっていたりした。それはきれいな色のペンとか、うさぎのマスコットのキーホルダーとか、いい匂いのする消しゴムとか、ささやかな物だったが、搾取され続けることに慣れすぎて、いつの間にか自ら施しているような錯覚に陥っていた。

  わざわざメダルを譲ってあげたって、あの男の子は感謝なんてしない。お礼も言わない。ラッキーだとしか思っていない。ごめんね、ありがとうね、と私にちらりと目を遣りながら、母親が眉を下げている。しらじらと胸に隙間が空く。汐里は黙って男の子を見ていた。

  レジカウンターの奥から店員が出てきて、すみませんと声をかけられた。年季の入った感じの店員で、名札には、チーフだかマネージャーだかそれらしい肩書きがついている。

「お嬢ちゃん、ありがとうね。はい、これ」

  店員は汐里に新しいメダルをくれた。汐里はそのメダルを、生まれたての卵みたいにそっと受け取った。さっきの母親もどこかほっとした様子だった。ありがとうございます、と私は礼を言う。汐里も小さく頭を下げた。しいちゃんガチャガチャする? と聞いたら、汐里は髪を揺らして首を振り、大事そうにメダルを握った。

  明るい店内から外に出ると、冷気をはらんだ夜が待っていた。肌寒さに鳥肌が立つ。その上を風が滑り、肌に沁みた。家路につく汐里の足元は、月の光に淡く照らされている。もらったメダルはきっと、あの白いポーチに入れるんだろうなと、なぜだかそう思った。



  汐里は一人で風呂に入り、着替え、歯磨きをし、ドライヤーで髪を乾かし、まるで私を煩わせることがなかった。姉の言っていたとおり、手のかからない子どもだ。赤ん坊のころを思えば少し物足りないぐらいだった。

  汐里は寝る支度を整え、早々にベッドに入った。私はまだ寝るつもりはなかったが、添い寝でもしてあげようと一緒に横になった。来客用の布団などないので、セミダブルのベッドで二人寄り添う。こうやって体温を共有し、陽だまりを包みこむみたいに寝ていると、赤ん坊のころを思い出す。汐里を抱いているとぽかぽかと体の先端まであったかくなって、私のほうが先に眠りに落ちていることがあった。

  子守歌でも歌ってあげるべきかと思ったが、汐里はあっという間にすやすやと寝息を立てた。セミダブルのベッドは思ったよりも狭く、寝返りを打った汐里にベッドの外へと追いやられる。寝てしまえばあっけないものだ。疲れていたのか、風呂から上がるとしきりに目をこすっていた。あどけない寝顔の汐里に布団をかける。ほとんど覚えていない叔母の元へ連れてこられ、二人っきりにされ、どんな心細い思いをしていたのだろう。蛍光灯をひとつ消すと、汐里の顔のくぼみに影ができた。それは雨粒が長い年月をかけて穿った穴のように、とても尊く見えた。

大西智子 Tomoko Onishi
1979年大阪府生まれ。 京都光華女子大学卒業。 2008年に『ベースボール・トレーニング』で第26回大阪女性文芸賞を受賞。 2014年に収録作の『カプセルフィッシュ』が第8回小説宝石新人賞・優秀作に選ばれ作家デビュー。

 

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