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2017.03.17

『ありのままの女』 #1 麻宮ゆり子

  会議が終わって廊下に出ると、常務が私の隣に並んできた。

「水元くん、きみはなかなか洒落た服を着ているのに、どうして髪はそのままなのかな?」

  そのままって……おまえが言うか?
  あえてつっこまず、私は常務のほぼ白に近い七三分けを一瞥した。
  髪は女の命というが、四十七歳の私の髪は半分以上がすでに白い。一切染めてないし、手も加えていない。肩の下くらいまである髪を今日はイタリア製のバレッタでひとつにまとめている。
  この会社ではもう十年以上この頭で通しているのだが、六十に近い常務だけは、いまだにこうして親切にも忠告してくれる。
  常務の気持ちもわからなくはない。彼はたぶん、男にとっての白髪は皺と同じで「年輪」や「勲章」を表すものだが、女は若く見せるためにも「染めるべき」「隠すべき」だと思っているのだろう。
  別に私は実年齢より若く見られなくてもかまわない。目の前の仕事に差し障りがなければ、年相応でじゅうぶんだと思っている。その気持ちに特別な意味はもちろん、誇りも虚勢もオンリーワンも何もない。
  だがそんなこと、わざわざ説明する必要もないだろう。

「いくら染めても色が抜けてしまうんです」

「そうか。今度いい理髪店を紹介してやろうか? まあ、きみの部署は客と接することがないからいいんだが」

  それ以上追及されないよう、常務と並んで歩きながら窓の外へ視線を移した。
  十代の頃は脱色するな染めるなとさんざん口うるさく言ってきたくせに、年を重ねた途端、今度は染めろと言われるなんて。どうしてこう世間ってやつはいちいち人の外見に口を挟んでくるのだろう。ころころ平気で意見を変えて、ずかずか人の心の内に踏み込んでくるなんて、あつかましいったらありゃしない……。まあ、そんなことは誰しも頭の隅で感じていることだと思うけど。
  ここは都内にある住宅メーカー「彩明ホーム」。
  私はこの会社の総務部長をやっている。
  ちなみにこの会社では、女の役職は「役職全体」の一割にも届かない。十人いるかいないかくらいの数だろう。だからこそ女部長は相手の男女を問わず、好奇や悪意にさらされやすい。「化粧が厚い」「服が派手」などと言われて余計な足を引っ張られるくらいなら、「白髪多めのオンナ少なめ」というとラーメンの注文みたいだが、とにかくそんな風体でいるほうが悪目立ちしなくていい……と私は考えている。
  だが染めなきゃ染めないで、結局なんだかんだ言われたりはするのだが。

「会議で話した中途採用の件だがね」

  常務は履歴書のコピーを渡してきた。
  ――武下華美、二十九歳。日本基督教大学大学院卒業後、サンマル総合商社に入社。

「どうだ、エリートだろう?」

「ええ。大学院まで行ったということは、もとは会社員ではなく研究者を目指していたんでしょうか?」

  もしくは世代的に、大学を出たあと就職難で就職が決まらなかったか、進路を迷っていたか……。

「そんなことより華美なんて変な名前だと思わないか? 平成生まれ……いや、ぎりぎり昭和か。今流行のあれだ、チラチラネームってやつか」

「はい、キラキラネームですね」

  さりげなく訂正を入れつつ、またコピーを見た。

「商社出身なのに、どうしてうちを受けたんでしょう?」

「なあ、うちみたいなとこをなあ」

  わっはっはと常務は大口を開けて、自嘲気味に笑った。
  男性の部下ならお追従で合わせるところなのだろうが……私は笑わない。別名《はきだめ部署》とも呼ばれている総務部・女部長の特権である。
  常務はバツが悪そうに咳払いした。

「変にエリートだから面倒なんだよ。私も面接に立ち会ったんだが、プライドが高くて扱いづらいというか、素直さがなくてかわいげがない」

「なぜ採用なさったんです?」

「筆記試験の結果が良かった。それに天下のサンマル出身だからね」

  なるほど。学歴も前職もうちの会社には立派すぎるくらいだが、手のかかりそうなタイプなので、ひとまず総務に押しつけ様子を見ようというわけか。いかにも常務の考えそうなことである。

「昨日研修が終わってね、今日から総務へ行くように伝えてあるから。じゃ、あとのことは頼むよ」

  そう残すと常務は、荷が下りたとばかりの歩調で、総務部があるのとは別の、下の階に向かうエレベーターに乗ってしまった。



  大きなフロアは各部署ごとにパーテーションで区切られている。
  いちばん端に位置する総務部のデスクに近づくと、パソコンに向かう社員たちを前に、ぽつんと立ち尽くす武下華美の姿があった。
  私はブラウスの胸ポケットに入れていた、レンズの小さなめがねをかけると、その向こうに映る武下さんを観察した。
  眉の上で前髪を切り揃えた、さらりとしたセミロングヘアー。身長百五十五センチほどの華奢な身体に真っ白なシャツ、黒いパンツ。それによく磨かれた細いヒール靴。装いは清潔で活動的だ。
  私がそばに行くと、気づいた彼女はこちらを向いて、キリリと眉を上げた。

「武下さんね」

「はいッ、よろしくお願いします」

「聞いてると思うけど、私が部長の水元です。名前はモンガマエの闘うという字で水元闘子」

「……と、闘子」と、驚いている。

麻宮ゆり子 Yuriko Mamiya
1976年埼玉県生まれ。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。'13年『敬語で旅する四人の男』で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。著書に『敬語で旅する四人の男』『仏像ぐるりの人びと』がある。
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