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2017.03.31

『ありのままの女』 #3 麻宮ゆり子

「武下さん、とりあえず仕事はリーダーの縄井くんから教わって」

  私がそう言うと、縄井くんは神経質そうに髪をかき上げながら、特別枠の三人を見る。

「この三人のほうがいろいろとプロフェッショナルなんだから、彼らに指導させたらいいじゃないですか」

「何度も言うけど、あなたリーダーでしょ? 何のためのリーダーなの?」

  縄井くんの細い目に憎しみが灯った。が、部下相手にひるんではいられない。

「……わかりました。じゃ、ついて来て。ハ、ナ、ビ、ちゃん」

  武下さんの顔が燃えるように赤くなる。親につけられた名が好きではないのかもしれない。顎を引き、縄井くんの薄い背中を睨みつけながら行ってしまった。
  特別枠の三人に加え――縄井くん、私、そして武下さんで総勢六名となった総務部だが……、これからどうなることか。
  みんなに聞こえないよう、ため息をついた。
  だけど、あの頃に比べればこんなことくらい全然平気、きっと乗り越えられる。
  そんな思いが私にはあった。
  あの頃というのは、夫と離婚した頃のことだ。



  彩明ホームに入社する前、私は、とある流通業界大手の商品開発部に勤めていた。
  そこで働きながら三十一で結婚し、三十四で離婚した。
  元夫は同じ業界の、やはり商品開発に関わる人だった。同業種交流会で出会い、およそ一年の交際を経てゴールインしたのだ。

「結婚してからも仕事続けたいんだけど、いいかな?」

「もちろん。せっかく同じ業界にいるんだから。トーコちゃんの頑張ってる姿、もっと見てみたいな」

  私が結婚した頃は、まだ寿退社が多かった時代なので、そんな風にゆったり答えてくれた五歳上の夫は、ずいぶんと落ち着いて見えたものだ。
  その当時、私は新たなプライベートブランド(PB)商品を作ることに熱中していた。
  なかでもひときわ注目していたのは女性用下着である。当時のPBの下着は黒やベージュの化繊生地ばかりで種類も少なかった。というのも、華やかな下着は「専門メーカーにお任せ」という状態で、PBの主力商品として扱われていなかったのだ。
  専門ブランドの下着はきらびやかで質もいいが、高い。PBはお値打ちだが辛気くさい上に、質がイマイチ……。つまり中間がない状態だった。
  それなら比較的若い世代向けの、肌の弱い人も使えるような着け心地のいい下着を、高すぎず安すぎずの価格帯を狙って作ればイケるのでは?PBは宣伝の面や、自社独自の物流を使うという点で余計なコストを抑えられる。その分浮いた費用は今回、思い切って品質改良の方へまわせばいい。ここは専門ブランドへの遠慮など取り外して正面から斬り込んでいく。うまくいけば、自社PBの持つ地味なイメージ全体の刷新につながるかもしれない――。
  そんな策と野心で胸を膨らませながら、提案内容を書類にまとめて会社に提出した。
「まあ、とりあえずやってみたら?」と上司からは期待のこもっていない返事をもらったが、提案が通った以上は手を抜けないし、もう引けない。
  それからは休日返上で、私は夢中になって全国の生地工場や縫製会社を訪ねて回り、価格の交渉などをおこなった。同時に他社のブラジャーをいくつも買って、中身をバラし、ワイヤーの形や仕組みを研究したり……、思いつくことは手当たり次第、何でもやってみた。
  一年後。完成間近の厚い企画書に目を通した夫は、ソファーに深く腰を沈めながら、いつもののんびりした調子で言った。

「『柔らかい国産生地で女性の身体にやすらぎを』……か。いいんじゃない? ねえ、ここに載ってる会社からこの価格でOKはもらってるの?」

「もちろん。そのリストに載ってるとこは全部交渉済み」

「ふうん」

  彼の反応は思ったより薄く、そのことに私は少し不満をおぼえた。
  だが、一年もかけて自分の企画をここまで持って来ることができたのは、たまに夫に報告していたからという自覚もあった。彼に仕事の話を聞いてもらうことで、私は自分の中の情報を客観的に整理できたのだから。
  一ヵ月後、完成した企画書を会社に提出した。詳細な商品プランに目を通した上司は、たちまち眠そうな目を見開き、「……これはデカイ発表会になるぞ」と意気込んだ様子でデスクから私を見上げた。

「ありがとうございます!」

  努力が実ったのだ。すごく嬉しくて、自分でも声が弾むのがわかるほどだった。
  だが一週間後、私を呼び出した上司はまた眠そうな目に戻っていた。

「これ、知ってる?」

  私の前に投げ出されたのは、夫の会社が出した最新PB商品の冊子だった。
  表紙に書かれていたのは――「柔らかい国産生地で女性の身体にやすらぎを」。

麻宮ゆり子 Yuriko Mamiya
1976年埼玉県生まれ。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。'13年『敬語で旅する四人の男』で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。著書に『敬語で旅する四人の男』『仏像ぐるりの人びと』がある。
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