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2017.04.28

『ありのままの女』 #6 麻宮ゆり子

  けれど、その一方で私は思っていた。総務部はけっして地味な裏方ではない。会社の総てに目を配り、大局に立つことを任されている縁の下の力持ちである。黒子がいなければ、人形が動かないのと同じように――。
  時間はかかったが、最終的に新たな総務部は、かつての倍近い効率で仕事を処理できるようになっていった。
  そんな噂を聞きつけ、やって来たマスコミのインタビューに答えたのは常務だった。

「すべて私の見越した通りでした。まあ、最初はいろいろありましたがね」

  ワッハッハ、といつもの調子で笑っている。

「なにあれ。全部押しつけてやらせたくせに、結局自分の手柄にしてるじゃない。いいの?」

  と別の女性役員が言ってくれたが、「別にいいのよ」と私は呟いた。
  元夫の顔がよぎっていく……。そう、彼も常務のような表情をしていた。社員は家族、家族同士が手柄を共有するのは当たり前のこと。
  私は社員が家族だなんて、けっして思わない。――でも、もういいのだ。
  斎木くん、蓮沼くん、飯野さん。彼らに自信を持って能力を発揮してもらえる場を提供できたのなら、それで充分ではないか。ポン助が家の中を元気に飛んで走り回っているのと同じように。私だって彼ら三人の活躍のおかげで、この会社にやっと居場所を見つけられたのだから。
  だが、縄井くんの私に対する敵意は増したようだった。

「前の部長のやり方のほうがよかった、僕の負担は逆に増えましたからね。これしきのことで調子にのっていたら、きっと足をすくわれますよ、水元さん。僕はあなたのやり方は絶対に認めませんから」

  そう言って自分のデスクに向かうと、血がにじむほど爪を噛んでいた。

***

  毎週土曜の夜だけ、私は新宿ゴールデン街の店で働いている。
  もちろん会社には秘密だ。
  にんじんのサラダ、白和え、筑前煮など。簡単な酒のアテは家で作り、プラスチック製の容器に入れて持って来たものを次々と店の小さな冷蔵庫に移していく。
  五坪の狭苦しい、カウンターだけの店だ。壊れそうな丸椅子は五人も詰めて座ればいっぱいである。小さな木の看板を持ち出すと、それをドアの前にさげた。

《バー・ポン助。やってます》

  ここは私の店ではない。私の同級生が経営する店の一つで、ふとしたきっかけに、毎週一晩だけ店長をやらせてもらえるようになったのだ。
  壁に貼りつけられた鏡をのぞくと、黒髪のボブで赤い口紅を塗った私がいる。会社のときとは別人だ。めがねはかけず、もちろん髪はウイッグで、酒を扱う店のTPOに合わせて化粧はいつもよりしっかりのせている。店内は空気が乾燥しているから、肌にはいつも以上にfサインディフェンスをたっぷりと染み込ませてきた。指の裏で目尻に触れると、しっとり潤っている。
  床にバスケットをおろし、「おいで」と呼びかけた。のっそり出てきたポン助はいつもの定位置、カウンターの端に置いてある木製のざるの中で丸くなる。耳元で音がするのは気の毒だと思い、ポン助の首輪には鈴をつけていない。だが、ざるには鈴を結んでいる。つまり、忍び足の得意な彼が定位置から動いたときは、こちらもわかるように、鈴が鳴る仕組みにしているのだ。
  開店の六時を迎える前に、次々とお客さんが入ってきた。

「あッ、ポンちゃーん! 一週間ぶりだね。会いたかったァ!」

「ポンやあ、これこれ」

  ポン助はあっという間に猫好き女子三人に囲まれている。ここは新宿、眠らない街……と言いたいところだが、土曜の晩だけは眠ってばかりの猫のいる「猫バー」へと変身するというわけだ。

「ちょっと、私のこと忘れてない?」

  と言うと、「えーッ」と女子たちの声が返ってくる。

「忘れてませんよ、トーコさん」

「でもこの店の店長、ポン助ですよね」

  ポン助はざるに入ったまま、長い爪のついた、たくさんの手でもみくちゃにされている。よほどひどいことをされない限り、彼は自分の匂いの染み込んだ、すり鉢状の器が落ち着くらしい。

麻宮ゆり子 Yuriko Mamiya
1976年埼玉県生まれ。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。'13年『敬語で旅する四人の男』で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。著書に『敬語で旅する四人の男』『仏像ぐるりの人びと』がある。
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