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2017.06.16

『ありのままの女』 #13 麻宮ゆり子

  ……確かに。もしこれが本当に総務の責任なら、私の進退に関わる問題だろう。
  考えあぐねていると、武下さんが慌てて声をあげた。

「私が責任を取ります。水元さんが見ていないところで私、勝手に情報抜いてますから」

「そういう問題じゃないんだよ。上に立つ人間には上に立つなりの責任ってもんがついてくるんだ、男も女も関係ない」

  縄井くんが吐き出すと、飯野さんが震えながら言った。

「お、女だからどうなんて、誰も口にしてませんけど」

  繊細な飯野さんは事件の大きさに動揺しているようだった。しかし縄井くんは攻撃の手をゆるめない。

「あーあ。だから僕は特別枠なんて、あぶなっかしいと思ってたんですよ。水元さんが来る前の総務部はずいぶんと見下されていたようですけど、さすがにこんなでかい事件は起こしませんでしたよ。昇進を急ぐあまりに改革を焦りすぎたんじゃないですか」

  特別枠と今回の件は別だ。問題を雑ぜ返す縄井くんにイラッときて、つい彼を睨みつけた。

「武下さんのメモリースティックがウイルスに感染してるかどうか、調べたら疑いは晴れるでしょ。あとのことはそれから考えましょう」

「でも、もし感染していたら……」

  武下さんが震える声を洩らした。背の低い彼女がますます小さく見える。
  もし感染していたら……。
  頭の中に、母の声が蘇ってくる。
  ――闘子、闘うのよ。あんたはこの腐れ切った社会と正面から闘うために、私が産んだ戦士なのよ、闘うために……。
  いいえ、私は闘わない。
  母の意識を遮断するように固く目を閉じる。お母さん、あなたの思い通りにはならない。たとえどんな名前をつけられても、それは私自身とは関係のないこと。自分のことは、自分で決める。
  再び目を開けると、目前の部下たちの顔を一人ずつ順番に見据え、声を張った。

「感染していたときは、私が全責任を取ります」

「えッ!」

  縄井くんが眉をアーチ状に上げた。
  どうせ私の家は賃貸だし、夫も子供もいないのだから、もともと守るものなど何もない。ポン助と、入所している母のことだけが気がかりだったが、この際仕方がない。退職金を使えば、しばらくはなんとかなるはずだ……。
  静かに腹を決めたとき、会議室のドアが大きく開いた。

「話は全部聞かせてもらいました!」

  斎木くんがつかつかと入って来て、私の前に立つ。

「水元さん、僕に命令してください」

「は? それより斎木くんの仕事は……?」

「時計を見てください。もうとっくに四時を過ぎていますよ。みなさんがずいぶん遅くまで話しているようだから、僕は様子を見に来たんです。それで水元さん、くり返しますが、僕に会社のシステムを暴く権利を与えてください」

「あばっ……」

  そこで止めて斎木くんを部屋の外に連れ出した。あたりに誰もいないのを確認してから、小さな声で尋ねる。

「もしかして……ハッキングするってこと?」

「ハッキングなんてできません。正当ではない通路から会社のシステムに介入し、悪事をはたらくことは犯罪です。ですが、今回は悪事をはたらくのではなく、悪事を暴くためにハッキングをおこないます。だから僕は水元さんの許可が必要だと言っているんです」

「私の許可?」

「僕は会社に忠実な社員です。上司の命令とあらば、ときにはいかなる命令にも従うのが会社の犬」

  犬って……。

「上司といっても僕だって、誰にでも従うわけではありません。水元さんは何かあったときは全責任を取ると、みんなの前で発言されました。まさに上司の鑑! それならば、僕も僕なりの能力をせいいっぱい使って、上司の犬となりましょう!」

麻宮ゆり子 Yuriko Mamiya
1976年埼玉県生まれ。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。'13年『敬語で旅する四人の男』で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。著書に『敬語で旅する四人の男』『仏像ぐるりの人びと』がある。
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