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2017.07.07

『ありのままの女』 #16 麻宮ゆり子

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「水元くんに縄井くん。急な話なのできみたち二人だけを呼んだが、今日の結果はあとで全社員に報告することになる」

  そう話す常務の隣には、六十代半ばの社長が腕を組んで座っていた。
  肌が浅黒くてギラついた印象を放つ常務に対し、丸刈りゴマ塩頭の社長は出家した坊さんのような外見である。
  会議室の椅子に並んで座る私と縄井くんを前に、常務が淡々と話し始めた。


  社員の個人情報を洩らしたのはシステム管理部の南啓介だった。実は、南はA社の人事に関わる人物から引き抜きを受けていたのだが、それは彩明ホームの社員および顧客情報を「持ち出し」「引き渡す」ことが交換条件とされていた。南は手始めに総務部から抜いた社員情報をA社の人物に渡し、次に顧客情報を別の部署から抜き出そうとしていた。
  A社は南を社員として受け入れたのち、手に入れた「社員・顧客情報」を彩明ホームにわからないように使用するという約束を南と交わしていたが、実際は入手した情報をすぐさま外部に転売してしまった


「……というわけだな。南のデスクやパソコンを探したら、いろいろと黒いデータが出てきてね。だからやつも認めざるを得なかったんだろうなあ。社員規則の契約違反で南には退職勧告を出した」

  退職勧告。その言葉に縄井くんの身体がびくっとゆれた。緊張しているのか、しきりにまばたきをしているようだ。

「で、南に総務部のパスワードを教えたのは……きみだな」

「いえ、あの……」

  縄井くんは目を泳がせている。

「この資料に全部出てるんだ、不審な結果が」

  常務は斎木くんが作成した厚い資料を、自分の手柄のごとく手で叩いた。

「先々月は五回、先月は三回。きみのIDを使って、南のパソコンから不審なアクセスをした形跡が残っている」

「あの、すみません。その資料……どうやって手に入れたんですか」

  縄井くんは私に鋭い視線を送りながら、常務に聞いた。

「どうも何も、個人情報を外に出されたらこっちだって必死に手を尽くすさ」

「常務、かんじんの理由の方を聞いていただけませんか」

「ああ、水元くん。そうだな、悪いのは南だもんなあ……。で、どうしてきみは南にパスワード教えたりしたの?」

  固く口を結んだ縄井くんは、言葉を探すように、しばらく下を向いていた。
  用意されていた一枚の紙に目を落とした社長が切り出す。

「きみ、次はシステム広告部に異動したいって、毎年提出する紙に書いてるね」

「……」

「ということは縄井くんはなんだ? 南に何か言われたのか? それとも媚を売っていたのかな? 南はまだ若いが、立場的には次のシステム管理部の部長候補だったようですし」

  常務は社長を前に、張り切って縄井くんを追い詰めている。眉間に皺を刻んだ縄井くんは、親指の爪を口元に持っていこうとして、離した。

「僕が……」縄井くんは腿の上でぐっと手を握る。

「僕が南さんに教えました……。そうです、南さんに僕をシステム広告の方へ引き抜いてほしかったからです。社内の人間だからと思って、軽い気持ちでパスワードを教えました……。ですが、南さんが別の会社から引き抜きを受けていたなんて知りません。それに情報を社外に洩らすなんて、まさか……思いもしませんでした!」

  社長と常務は机の上で指を組んだまま、落ち着き払ったように目を合わせた。

「きみはそこまで総務にいることが気に入らなかったのか?」

「……はい。そういう気持ちがあったことは否めません」

  縄井くんの答えは私の胸に痛く刺さった。たまらず、目を伏せる。
  しかしそんな思いとは別に、非を認めて開き直ったのか、縄井くんは急に声を大きくした。

「確かに僕は今の総務が気に入りませんでした。水元さんの指導も、急なやり方の変更も、ついていけないと思いました……。でも僕がそう思うのも当然です。規則違反の話に戻りますが、水元さんだって毎週土曜に新宿で夜の仕事をしてますよね。南さんや僕のことをどうこう言える立場じゃないと思いますが」

麻宮ゆり子 Yuriko Mamiya
1976年埼玉県生まれ。2003年小林ゆり名義にて第19回太宰治賞受賞。'13年『敬語で旅する四人の男』で第7回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。著書に『敬語で旅する四人の男』『仏像ぐるりの人びと』がある。

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