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2017.09.08

『塗りたくった赤』 #4 くぼ田あずさ

  そういえば、仕事のことをたけるに話したことはなかった。私は栃木の高校を出て、都内のはずれにある美大の日本画学科に進んだ。大学生活は楽しかったけれど、就職活動にこんなに苦労するとは思わなかった。よく考えたら、就職するための学科じゃなかった。「画家として食ってく!」みたいな気概もなければ、具体的な将来の展望もなかった。とりあえず東京に残りたかったので四年生に上がるときに就職活動を始めた。有名な会社のデザイン部門も受けまくったけれど案の定全滅で、最後に引っかかったカラオケ会社に新卒で入った。入社以来企画部で、デザイナーとして働いている。デザイナーという職種ではあるけれど、雑用をしている時間の方がよっぽど長い。アニメやドラマとコラボしてグッズの缶バッヂやコースターを作るときに、画像の配置を決めたりはするけれど、それが果たして大学で学んだことを活かしていると言えるのかどうか。

「そんなんじゃないよ」

  強めに否定したけれど、たけるが気にした様子はなかった。関心はすでにほかのことに移っている。

「それよっか、人と住んでるって言ってたじゃん。彼氏?」

「違う」

「え、じゃあ元彼とか?」

「なんでそうなんの? 友達だよ」言いながら気持ちがすっと冷えるのがわかった。「友達に決まってんじゃん」

  たけるがなにか言いかけるのを制して強引に話題を戻す。

「そんなことより、今日泊まるとこどうすんの?」

「やっぱ、さやかのとこダメなんだよね?」

「ダメだってば」

「だよね、やばいなー」

  自分ではなにも解決する気のない口振りで、たけるは答える。たけるは昔からこうだった。人を頼るのがうまい。困ったことがあっても誰かが助けてくれるのをじっと待っている。実際、なぜだか誰かになんとかしてもらえることが多い。これが要領がいいってことなんだろうか。なにをしても器用に立ち回れない私にはわからない。

「なんか考えたりしてるの? 自分で」

「うーん、とりあえずこっちで住むとこ探そうとは思ってるけど。部屋どこに借りるかとか、春からの就職先の学校決まらないことには借りらんなくてさ」

「そんなこと言ってる場合なの? とりあえず、ウィークリーでも借りたら? それか最悪実家帰るとか」

「あー、そうだよね」

「ほんと、ちゃんとしなさいよ」

  私が語気を強めると、たけるは一気にしょんぼりとした表情になった。怒っていたはずなのに、私は思わず言葉につまる。たけるを見ていても、犬を思い出す。犬はやっぱり苦手だ。

  言葉を探していたら机の上に出していた携帯電話がふるえた。有美子さんからだった。

「電話、出てきていいよ」

  たけるが着信に気づいて、そう促す。私は頷いて席を立ち、電話に出た。

「あのさ、弟さんどうなった?」

  私が電話に出るなり、有美子さんはそう訊いた。
  目の端に、ほっとしたように水を飲むたけるがうつる。トイレの横の廊下まで移動して、小声で話した。

「今、ご飯食べてたんですけど、思ったよりダメな感じでした」

「泊まるとこ見つかったって?」

「いや、たぶんダメです。全然ちゃんとしてなくて……ほんと」

  愚痴はするすると出てきそうだった。私の言葉を遮るように、有美子さんは言う。

「思ったんだけど。もし見つからなかったら、うちに泊めてもいいよ」

「え、そんな、いいですよ。なんか申し訳ないんで……」

  突然の提案に私はしどろもどろになった。

「私もそんなに長い間だと困っちゃうけど、二、三日なら。さやかちゃんも久しぶりにお姉さんしたいんじゃないかな、と思って」有美子さんはやけにハキハキと話した。「頼られると断れないタイプでしょ?」

  目の前がチカチカして、うまく言葉が出ない。有美子さんが私の性格を理解してくれている!

「……ありがとうございます」

「ううん、私も似たタイプだから。ちょっと窮屈かもしれないけど、リビングに寝てもらったらいいよね」

  有美子さんは朝食やタオルのことまで、気にし始めた。私は気もそぞろになりながら、何度もお礼を言った。電話を切ってからも、なんだか落ち着かなかった。
  有美子さんはいつもにこにこしていて優しい。でも近づこうとすると同じだけ距離を取られてしまう。ずっとそうだったのか、前の彼氏を引きずって臆病になっているのかは知らない。有美子さんが本心を話してくれないからだ。有美子さんのことを考えれば考えるほど、どんな人なのかわからなくなる。嫌われているわけではないはずだけど自信がもてなくなっていた。
  それなのに有美子さんが私のことをわかってくれて、力になろうとしてくれるなんて。うれしさばかりこみ上げてきて、静かな興奮をどう処理していいかわからない。
  席に戻ると、たけるは私の機嫌が明らかに良くなっているのに気づいて、ちょっと不思議そうな顔をした。

「とりあえず、今日のところは泊まってもいいって言ってもらったよ」

「え、さやかんち?」

  たけるは目を丸くする。

「そう、二、三日ならいいって。でもさっさと出て行ってよ」

「え、いいの?」

「やだけど、泊まるとこないんでしょ?」

「マジで? やった」たけるは心底うれしそうに笑った。「ありがと」

  こどものときと同じ笑い方だった。たけるはイケメンってわけじゃないと思うけど、人懐っこそうな笑顔は結構いい。この笑顔にごまかされてきたことが思い起こされて、甘いような苦いような気持ちになる。

くぼ田あずさ Azusa Kubota
1987年埼玉県生まれ。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。医療事務、不動産会社勤務などを経て、2015年『ふざけろ』(『ふざけろよ』改題)で第9回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。

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