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2017.09.15

『塗りたくった赤』 #5 くぼ田あずさ

  食べ終わると、会話もそこそこに店を出た。お金がないくせにたけるは会計を持ちたがり、強引に支払いをした。お礼を言うと、少しほっとしたような顔をする。彼なりの意地みたいなものだったのだろうか、気がつかずに踏みつぶさなくてよかった。
  電車の中でもなんだか落ち着かなかった。

「泊めていいって言ってくれたの、同居人だから。会ったらちゃんとお礼言ってね」

「もちろん。一緒に住んでる人ってどんな人?」

  きれいな人、優しい人、人当たりはいいけど隙のない人。有美子さんのことを、どう表現していいのかわからない。迷った末に、乱暴に答える。

「だいぶ年上」

「そうなの? いくつ?」

「四十歳になったよ」

「ふうん」

  わかりやすいくらい興味なさそうにたけるは答えた。それを聞いてほっとする反面、むっとする。たしかに有美子さんは四十歳だけど、きれいな人なのに。自分から年齢を口にしたくせに、いったい自分がどんな反応を期待していたのかわからなくなる。

  有美子さんと初めて会ったのは、二年前に行った婚活パーティだった。そのころは、ちょうど大学時代の友人の出産ラッシュだった。特別子供好きというわけでもないのに、赤ちゃんを抱っこさせてもらうと、脳のどこかが勝手に反応して猛烈に子供が欲しくなる。しかし私は子供を産むどころか、彼氏と別れたばかりだった。それで焦り始めて、同僚が行く予定のパーティに便乗して参加することにしたのだった。
  ワンピースを新調して出かけたはいいけれど、パーティはあまり楽しめなかった。そんなに人見知りする方でもないのに、いまいちのりきれない。誰と話してもうまくかみあわなかった。初対面の人の欠点を見つけるたびに、自分も採点されているのだと気づいて緊張する。一緒に来ている同僚へ目をやると、ぎこちないながらも会話を楽しんでいるように見える。
  せっかく自由に交流する時間が設けられていたのに、私はまだ殻にこもったままだった。話しかけられても、愛想笑いが精一杯だ。いたたまれなくなって、私は逃げるようにトイレに向かった。
  トイレの中で、さっきの同僚の姿を思い出す。彼女のいいところは、ひとの長所を見つけるところだ。器の大きさの差を改めて見せつけられたようで落ち込んだ。嫌味ではなく彼女は幸せになるだろうと思った。同じ状況に置かれているくせに一歩引いて見てしまう自分なんかよりずっと。
  個室から出ると、鏡の前で化粧を直している人がいるのに気づいた。
  あんまりじろじろ見てはいけないとわかっているのに、なぜかその人から目が離せなかった。グレーのワンピースはひと目でいいものだとわかる。鎖骨のあたりでゆるく巻かれたセミロングに余裕を感じた。顎のラインははっきりしていて、色が白い。年上には違いないけれど、いくつなのかわからない。若いような落ち着いているような、不思議な魅力があった。それが有美子さんだった。
  有美子さんは口紅を塗り直して、鏡に向かってにっこり笑った。笑顔になったのは一瞬だった。月並みな表現だけど、花が咲いたようだった。誰に向けられたわけでもない笑顔が目に焼き付いて離れない。今塗られたピンク色がなじんだ、ちょっと大きな厚めの唇が、色っぽかった。
  ぼんやりしながら水道のコックを上げたら、水がシンクに勢いよく跳ねる。あわてて止めたけれど、ワンピースのおなかが濡れてしまった。

「あーあ……」

  ひとりごちると、隣で口紅を塗り直していた有美子さんに声をかけられた。

「大丈夫ですか?」

「すみません。かかりませんでしたか?」

「大丈夫ですよ」有美子さんはゆったりと笑って、私にハンカチを差し出した。「よかったら使ってください」

「すみません……」

  しっかりとアイロンのかかったハンカチだった。断るのも気が引けて、恐縮しつつハンカチを借りた。ワンピースを拭きながら、いくつかの世間話をした。おそらく「パーティ楽しんでますか」とか、なんの面白味もない話題だったのだろうけど、なにを話したのか覚えていない。世間話なんかするのが、もどかしくて仕方なかったのだけは覚えている。
  ハンカチを返すときに、「ネイル、きれいですね」と言われた。やっつけで塗ったマジョリカ マジョルカのPK400。洗面台の照明の下で、濃いピンク色がつやつやと光る。なぜか恥ずかしくて手を引っ込めたくなる。有美子さんの指が少し私に触れた。冷たい指先だった。
  私のどこを気に入ってくれたのかはわからないけれど、有美子さんの方から連絡先を聞かれた。意気揚々と連絡先を交換して、パーティが終わると真っ先にLINEを入れた。何度かやりとりするうちに、職場が近いことがわかった。翌週には新宿で二人で食事をする約束をした。
  二人で初めて食事をしたのは、インドカレーの店だった。有美子さんは辛いカレーを顔色一つ変えずに食べ進めた。インド映画がかかる店内で、前回のパーティでのことを少し声を落として話した。あの日話した男性の中に、また会いたいと思った人はいなかったという。

「お互い、あんまり収穫無かったねー」

  有美子さんは笑った。その時にはすでに反則をする覚悟は決まっていたのかもしれない。
  私は平然と「そうですね」と答えた。

くぼ田あずさ Azusa Kubota
1987年埼玉県生まれ。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。医療事務、不動産会社勤務などを経て、2015年『ふざけろ』(『ふざけろよ』改題)で第9回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。

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