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2017.11.10

『塗りたくった赤』 #12 くぼ田あずさ

「なんでこの色なの?」

  思わず口に出している。たけるはなにも思い出さなかったんだろうか。たけるをにらみつける。どんな気持ちでこの色選んだ? どんな気持ちで……。たけるがなにか言いたげにくちびるを動かしている間に、有美子さんが言う。

「え、似合わないかな?」

  有美子さんの表情が少し強ばっているように見えた。私は慌てて言い添える。

「そうじゃなくて……。なんでわざわざこの色を選んだのかっていうか」

  言いながらも頭の中はぐしゃぐしゃで、涙が出そうになってくる。志帆の名前を出したい。でも名前を出したところで、私の本心はたけるには伝わらないかもしれない。攻撃的な気持ちと怖れが混ざりあってわけがわからなくなった。言葉は止まらない。たけるの困り顔を見ていたら、傷つけたくなってしかたなかった。

「ていうか、使うわけないじゃん。あんたにはわかんないかもしれないけど、こういうのってめちゃくちゃ好みがあるんだよ。有美子さんの好みも知らないくせに」

  そう言い切る私に、たけるは言い返すかどうか迷っているように見えた。言葉を飲み込んで、悔しそうな顔をする。

「え、使うよ」

  有美子さんが割って入り、私の返事も待たずに「使うよ」と言い直した。

「でも……」

「だって、せっかくだし。うれしいもん」

  私が言葉を失っていると、有美子さんは笑う。大事そうにネイルポリッシュの瓶を指先で撫で、照れくさそうに言った。

「でも似合わないかなあ」

  その語尾にかぶせるようにたけるが言う。

「似合うと思う」

「ほんと?」

  有美子さんはうれしそうな声を出した。そして、私の方に向き直る。

「さやかちゃん、今度この色で塗ってみてもらえない?」

  わかりました、と答える声が掠れた。そんなことに有美子さんは気づかなかった。


  翌日の夜、私は有美子さんの爪を赤色に塗った。仕事から帰宅したあと、有美子さんから「次、いつネイルお願いできる?」と聞かれた。

「たけるくんからもらった色、試してみたいの」

  有美子さんは週末あたりのつもりだったようだけど、「それなら今日」と私から言う。本当はいやなくせに、なんだか意地になっていた。
  コットンに除光液を染み込ませ、有美子さんの手をとって自分が塗った色を丁寧に落とす。相変わらず、冷たい指先だった。ベースコートを塗り直し、乾くまでの間に有美子さんの気が変わることを祈った。私が塗り直しているのを、たけるも横でそわそわと見守っていた。
  たけるが買ってきたのは、アディクションの032C リッチガールだ。ベースコートが乾いてから、たけるの選んだ色を塗る。発色のいい鮮やかな赤色はするすると伸びた。ひと塗りごとにテリトリーを侵されるようで、屈辱的な気分になる。私の大好きな有美子さんが塗り替えられていくような気がした。私の中の有美子さんは、大人で落ち着きがあり、無難を愛し波風を立てず、誰とでもうまくやる。私の選んだ、アディクションの007Sがよく似合った。そんな有美子さん像は、美しい赤色に飲み込まれていく。
  赤いネイルは不思議なほど、有美子さんに似合った。あんなに有美子さんのいろんな面が見たいと思っていたのに、たけるなんかに引き出されたことが悔しい。

「わ、なんか新鮮ー」 

  出来あがった爪を見て、有美子さんは本心からうれしそうだった。有美子さんの中身は、こんなことで少し顔を出してしまうのか、と勝手にがっかりしてしまう。
  うつむいて後片づけをしていると、頭の上で有美子さんが「ありがとうね」とつぶやいた。声をかけられた相手は私なのかたけるなのかわからず、返事が出来なかった。私はどんどん卑屈で幼くなっていく。


  泥酔の夜から、正確に言えばネイルポリッシュを手渡してから、たけると有美子さんの距離はやけに縮まっている。有美子さんがリビングにいる時間が長くなった。キッチンの水切り台に放置されているマグカップは最近いつも二つだ。
  年末に向けて、私の仕事はどんどん忙しくなっていく。私が遅くまで会社に残って仕事をしている間にも、二人はリビングで笑っているんだと思うと、仕事にもうまく集中できない。
  そのくせ私はものすごく神経質になっていて、たけるや有美子さんの行動にいちいち目を光らせていた。たとえば、たけるのドアの開け閉めや、ゴミの分別。少しでも大きな音を立てたり、間違ったりすると強い口調で叱った。
  有美子さんには口でなにか言ったりはしないけれど、じっと見ていた。有美子さんがたけるに「女」っぽい部分を出すんじゃないかと警戒していたのだ。明らかに有美子さんはたけるを気に入っている。それがただの親愛なのか恋愛なのか見極めようと思っていた。有美子さんがとてもやりにくそうにしているのに気づいていない訳じゃなかったけれど、やめられなかった。
  そんなことばかりしているから、有美子さんとたけるの距離が縮まるのに反比例するように、私と有美子さんの距離は広がっていく。
  その日も、たけるがお弁当の容器のシールをきれいにはがさなかっただけで、私は朝から強くなじった。有美子さんは出勤前に、私の部屋にこっそり来て諭すように言う。

「ねえ、最近さやかちゃん、たけるくんに当たり強すぎるよ。見てて結構つらい」

「最近って……」

  たけるとは七年も話していなかったのだ。話すだけでも私なりに譲歩しているのに……。なんで有美子さんはたけるの肩なんかもつのかな。私の味方をしてほしい。私の方を見てほしい。
  自分でも考え方が幼稚だとわかっているから、このごろ私は言葉を飲み込んでばかりいる。飲み込んだ言葉は出口を失って、内側にたまってじわじわと人間性を腐らせていった。

「仕事忙しいのはわかるけどさ」

  有美子さんがこちらに歩み寄ってくれているのは知っていた。でも、足りない。自分でも子供じみた考え方がいやになる。

くぼ田あずさ Azusa Kubota
1987年埼玉県生まれ。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。医療事務、不動産会社勤務などを経て、2015年『ふざけろ』(『ふざけろよ』改題)で第9回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。
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