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2017.11.17

『塗りたくった赤』 #13 くぼ田あずさ

  有美子さんの手元を彩るのは、美しい赤。あんなに濃い色を「派手だ」と言って避けていたのに。気に入っているのか、有美子さんはよく手の甲を上にして満足そうに爪を見ている。このところ有美子さんは少し若くなったような気がする。どこがどう違うとはっきり言えないけれど、雰囲気が華やかだ。化粧品をこまめに買い足しているのか小さい紙袋を提げて帰ってくることも増えた。本当にこんなつまらないこと考えたくはないけれど、有美子さんはたけるがいることでハリが出ているんじゃないだろうか。
  じっと見ていると、有美子さんは居づらそうに目を逸らした。私はつい試すように強い口調で答えてしまう。

「有美子さんには絶対わかんない。だって……」

  有美子さんの目つきは一瞬にして鋭くなった。私は甘えた態度を取ったことを一瞬で後悔した。

「そうだね、わかんない」

  有美子さんが珍しく乱暴に言い捨てたのを聞いて、私は慌てて「すみません」と口にする。顔が熱い、きっと顔が赤くなっているから有美子さんの目が見られない。有美子さんがそつがないのは、きっとこういう人が嫌いだからだ。そう思うと、余計焦ってしまって顔が見られなかった。
  ひと呼吸置いてから、有美子さんも「こっちこそ首突っ込みすぎてごめん」と言ってくれた。でも、まだしこりが残っているのがわかる。弁明をしたくなるけれど口先で仲直りはすでに済んでしまったから、これ以上蒸し返すこともできない。


  徐々に広がっていく距離を、なにもせずに放っておいたわけじゃなかった。私と暮らすことによって少しでも得があると思ってもらいたくて、連日有美子さんにまとわりついた。

「おいしいケーキ買ってきたんですけど、どうですか」「おもしろそうな映画借りてきました」「外出するなら、髪巻くの手伝います」「肩こってないですか」「シャツ、全部アイロンかかってます」

  私がやればやるほど、有美子さんは居心地が悪そうな顔をした。断られると私はさらに焦って、もっと喜ばせられることはないかと考える。たけるはその様子を気まずそうに見ていた。それでももうなりふり構っている余裕はなかった。
  私は勝手にどんどん追い込まれていく。勢いあまって「ハワイ旅行に行きましょう、お金は出します」と言うと、有美子さんは真顔になった。ため息をついて、有美子さんは言う。

「さやかちゃんさ、あんまり気を使わなくていいよ。私も自宅でまで誰かに気を使われると疲れるから」

  自分でも空回っていることに気づいていた。しかし、もう卑屈さは体にしみついてしまって、ほかにどうしたらいいのかがわからない。困惑する私の肩に有美子さんはそっと手を置く。
  有美子さんは遠慮がちに、「でもね、またさやかちゃんにネイル頼みたい。いい?」と言ってくれた。思わず涙が出そうになる。

「もちろんです、いつでも」

  私はボールを投げてもらった犬みたいにいそいそと部屋に戻り、本屋で買ったばかりのネイルアートの本を持ってきた。本のページをめくりながら、有美子さんに話しかける。

「どういうのがいいですか?」

「えっ? いつもと同じ、でいいよ」

「たまには、色々試してみたいんです」

  有美子さんは遠慮がちに本に目を落とし、小さく眉間にしわを寄せた。有美子さんがまた困惑しているのがわかって、私は焦ってつい早口になる。

「これとか、これとかどうですか?」

  指さしたのは、ニットのような編み目模様だ。有美子さんは私と本を見比べてぎこちなく頷く。

「あ、うん。かわいいかも」

「よかった、じゃあこれにしましょう。絶対似合うと思います」

「そうかなあ、じゃあ今度お願いね」

  有美子さんは引き気味に笑っていた。自分でも必死すぎて痛いことくらいわかっている。私は早く安心したいだけだ。有美子さんと以前のような穏やかな関係に戻れるなら、何だっていい。


  金曜の夜、私は急いで帰宅した。いつも有美子さんのネイルをするのは、金曜日の夜だった。きちんと約束をしたわけではなかったけれど、もし有美子さんが早く帰っていたならチャンスを逃したくない。そわそわしながらネイル道具を用意して、リビングで有美子さんが帰ってくるのを待った。
  リビングのテーブルの上には、たけるが贈った赤いネイルが放置されていた。ボトルの中でも燃えているみたいな赤色を見ていたら、一瞬息をするのを忘れた。鮮やかな赤は、嘘もつかずに私をにらみ返している。指でボトルをはじいたら、こつんと音を立ててテーブルの上に倒れた。
  有美子さんはなかなか帰ってこなかった。待っている間に十時を回ってしまった。落ち着かなくて、冷蔵庫を意味なく何度も開けてしまう。冷蔵庫には、たけるの分のトマトスープが残っていた。少し前に作って冷凍しておいたスープを、今朝冷蔵室にうつした。たけるが夕飯に飲むと言うから分けておいたのに、まだ帰ってきてすらいない。
  たけるも有美子さんも二人とも遅い……。悪い想像が頭の中をめぐる。今頃二人は私抜きで待ち合わせて、会っているんじゃないだろうか。知らぬ間に、邪魔者になっているんじゃないだろうか……あのときみたいに。
  十一時を過ぎて、有美子さんは帰ってきた。
「ただいま」玄関からやけに明るい有美子さんの声が聞こえる。「さやかちゃん、帰ってたの?」

「おかえりなさい」

  私は転びそうになりながら、急いで玄関に向かった。

くぼ田あずさ Azusa Kubota
1987年埼玉県生まれ。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。医療事務、不動産会社勤務などを経て、2015年『ふざけろ』(『ふざけろよ』改題)で第9回小説宝石新人賞を受賞しデビュー。
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