美ST ONLINE 無料会員登録 あなたの「美生活」に役立つ情報お届けします

新着
2016.12.28

大晦日の楽しみも奪う…「除夜の鐘がうるさい」というクレーマーの寂しさ

citrus

 

子供のころは、大みそかが大好きでした。クリスマスもお正月もよいですが、一番を選べと言われたら、やはり大みそかです。

 

何がそんなによいかと言うと、まず、そんな時間まで布団に入らずに起きている自分が、ちょっと大人になったような気がすることです。いつもは9時に寝ろと言われるのに、今日はずっとテレビを見ていても叱られません。その上、「今年はトリがよかったので紅組の勝ちだね」とか「美川憲一の衣装は去年の方が派手だったようだが、今年はあんまりヒット曲がなくてお金が儲からなかったせいだろうか」などいっぱしの口をきいても「ガキンチョのくせに生意気だ」とは言われません。普段と違って、ミカンもお菓子も食べ放題。つまり大みそかは、子供にとって、年に一度の無礼講の夜なのです。

 

さんざん盛り上がった歌合戦も、紅白の勝負が決まると終了。通常だと、ここで少しもの寂しい思いにとらわれるものですが、大みそかの場合、まだその先に「ゆく年くる年」というメインイベントがございます。テレビには雪深い寺の様子が映し出され、近所の人々が集まって、神妙な顔つきで除夜の鐘を撞き始めます。そうこうしていると、現実世界でも、どこか遠くからゴーンという鐘の音が聞こえてきて、あと少しで新しい年がやって来ることを告げます。すごい、ついに自分はこうして、日付が改まる時間まで起きていることができたのだ!しかも、日付どころか、年まで改まるのだ。何だか人類初の偉業を成し遂げたような高揚感ですが、その一方で、子供の悲しさよ。実はもう、眠くて眠くてたまらないのです。

 

ダメだ、ここで寝たら、せっかくここまで我慢した意味がない。新年がやって来ると大人たちが言うからには、新年はサンタクロースと同じように、人の姿をしたものなのだろう。でもサンタクロースと違うのは、新年が何を着てどんな顔をしているのかを描いた絵がないことだ。わたしは今年こそ新年に会ってみたいから、明るくなるまで、ずっと起きているんだい!そんなことを思いながら、鐘の音の数を数えます。しかし、たいていは20まで数えないうちに眠ってしまい、起きたら朝になっているというのが毎年恒例でした。

 

 

 

■人に迷惑かけられたくないなら、無人島に行けばいい

 

 

ここまで長々と大みそかについて書いたのは、最近話題になった、「除夜の鐘がうるさいとクレームをつけられた寺が、深夜に鐘を鳴らずのをやめにした」というニュースがあまりにも嘆かわしいと思ったからです。子供は年が改まると一歩大人に近づけるので、新年が来るのを楽しみにしています。子供にとって、除夜の鐘は、ひとつ撞くごとに新年が近づいてくる合図なのです。わくわくしながら鐘の音を数える楽しみを子供たちから奪ったクレーマーの罪は重いと思います。クレームをつけられたお寺さんは、苦肉の策として、昼間から夕方にかけて鐘を撞くことにしたそうです。まったく除夜の鐘がなくなるよりはよいと思いますが、それだと、撞き終わってもまだ当分新年は来ないので、本来の魅力が失われます。除夜の鐘を楽しみにしているのは子供ばかりではなく、煩悩を捨て、きれいな心で新年を迎えたいと願う大人たちにも大人気です。確かに、すごく近所に住んでいたら、「うるさいな」と感じることがあるかも知れませんが、一年に一度くらいなら、みんなのために辛抱したっていいじゃないですか。

 

このごろは、ちょっとでも自分の意に染まないことがあると、「迷惑だ」と、他人の非難ばかりする人が増えています。そういう人は、それまで自分が誰かに迷惑をかけたりお世話になったことなど一度もないと思っているのでしょうか。でも、誰にも迷惑をかけたことがない人なんてこの世にはありえないし、絶対に人に迷惑をかけられたくないならば、無人島にでも行って暮らせばよいのです。そこなら除夜の鐘もありませんから、静かな大みそかが過ごせるはず。でもわたしは、少々うるさくったって、人に迷惑かけたりかけられたりする街の暮らしが好きですね。

寺と神社の旅研究家 吉田さらさ

totop
Mail
Instagram
rss
美ST
美魔女
セレSTORY
STORY
光文社

Copyright© 2017 Kobunsha Co., Ltd. All Rights Reserved.