『助産師美魔女♡堤えり』

助産師美魔女♡堤えりとは

無邪気に遊ぶ私♡
ファイナリストの『助産師美魔女♡堤えり』です。

今日は、『助産師美魔女♡堤えり』について少しお話させてください。

私は、39年前福岡県久留米市に堤家の長女として生まれました。

幼い頃は、人一倍人見知りでした。
家に誰か訪問してくると、恥ずかしくて部屋に閉じこもっていました。笑
そして、母親が私のそばから離れるとすぐ泣き、甘えん坊でもありました。
そんな私がSHOWROOMで毎日LIVE配信をしている姿を母親が見たらビックリすると思います・・・笑


私は、昔から身体を動かすことは大好きでした。
特に走ることは得意で必ず体育祭では、選手代表としてリレーに出場していました。

【小学生の時のエピソードとして】
持久走大会前に、親友のよっちゃんと実際のコースで早朝練習するほど大会にかける熱意は人一倍にありました。
よっちゃんと今でも『あの時、私たち頑張ったよね』と話しています。

小学生:水泳、中学生:バレー部、高校生:陸上部に所属していました。
中・高校生は、一度も学校を休まず皆勤賞でした。
大人になってからは、ハーフマラソン2回、フルマラソンに4回出場したことがあります。

何事にも最後までやり遂げる、挑戦するという思いは昔から強いと思います。
また、昔から身体を動かすことは習慣化しているため、今でもジョギングやウォーキング、ゴルフなどを行うことで体力を維持しています。
母親と私♡

私の大切な家族♡

母親のbirthday♡
私は、幼い頃から母親がお化粧している姿をみることが大好きでした。
お化粧している母親は、キラキラ輝いて見えて、笑顔でお化粧している母親の姿を今でも覚えています。
母親がいない時に鏡台へこっそり行き、お化粧していたことを思い出します。その時の楽しさ、ワクワク感を今でも覚えています。

私は、母親が1日中すっぴんだった姿を一度も見たことがありません。母親は、朝起きて一番にお化粧をしていました。お化粧した姿で必ず『おはよう』と言って私たちを迎えてくれていたことを覚えています。また昔母親は、美容部員として働いていました。私は、日頃から綺麗にお化粧している母親を近くで見ていました。鏡台には、沢山のお化粧道具が並んでいました。母親は、昔から美に対して意識が高い人でした。私が幼い頃から美容に対して興味があったのは、母親の影響を受けてきたからです。

そして、中・高は、お弁当でした。母親は、いつも彩りを考えて栄養バランスのとれたお弁当を作ってくれ、おまけにいつも果物を添えてくれていました。日頃の食事も同様バランスの取れた食事を意識して作ってくれていました。食の大切さについて教えてくれたのは、母親です。改めて母親に感謝ですね。
母親は、常に穏やかで優しく私たちに接してくれていました。もちろん叱られることはありましたが、声を上げて怒ったことは見たことがありません。
昔からたくさんの愛情を注いで育ててくれていた母親は、私の憧れの存在です。

2つ下に弟がいます。
私と弟を知っている友人はわかっていると思いますが、とっても仲良し兄弟です。
(今でも喧嘩しますが…笑) 喧嘩するほど仲がいいと言いますもんね♡
高校最後の体育祭、高校最後の野球の試合を観戦しに行きました。
たまたまですが、徒歩5分圏内に住んでいて、定期的に食事をしてお互いの近況報告をしています。やはり、近くに弟がいることは、有難いことですし、何よりとても心強いです。昔から賢く、とても頼りになる自慢の弟です。
私と父親♡
父親はというと、『九州男児・亭主関白』とは父親のことを言うなと昔から思っていました…。笑
今では、丸くなり優しい父親になりました。たまに送ってくるメールは、私の身体のことを気遣ってくれる優しい内容です。

現在、父親・母親とは離れて生活していますが、今の私がいるのは、父親・母親が私を愛情たっぷり注ぎ育ててくれたからだと思います。
特に助産師という職について家族の大切さ、偉大さに気付かせれることが多いです。
どんな時も私を支えてくれている家族に感謝です。


これからも『助産師美魔女♡堤えり』を宜しくお願い致します。
助産師美魔女
堤えり
医療の世界で助産師として多くの人々を支援してきました。美ST世代の出産も増え、女性の心身を守るための発信をしたいのと同時に、憧れの美容の世界でも自分の力量を試したい。医療に携わる立場から、バランスを整える食、運動、睡眠の継続で毎日をHappyに美しくなるコツ、美容医療やスキンケアなど、幅広く伝えていきたい。
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