大谷美子~Daily diary~ 5年前の私。

5年前、私のみた世界 病気を発症して

みなさま、いかがお過ごしでしょうか?
コロナの大流行、予想通り…というところでしょうか?
くれぐれも、体調管理をしっかりと基本の手洗いうがいアルコール消毒など徹底してみてくださいね。

今日は5年前の私。
そう、線維筋痛症という病気を発症した時の事を詳しくお伝えさせてください。

『線維筋痛症』24時間365日、常に身体に痛みのある病気だと言うことは過去のブログを読んでくださるとご理解いただけると思います。

上半身に突然襲ってきた異常な痛み。
すぐに近くの整形外科に駆け込み、レントゲンを撮ってもらい異常なし。
痛み止めを貰い帰宅したのをよく覚えています。
良くなるどころか痛みは増すばかり。
後日、また整形外科に行き大学病院に紹介状を書いてもらいました。

大学病院に行き、内科→神経内科→耳鼻咽喉科→脳外科→麻酔科。
最後にたどり着くところは
麻酔科なんです。
合計8ヶ所の大学病院を巡りました。

どこの病院に行っても、
画像診断でも血液検査でも何も問題のない私の身体。
数値を見れば健康そのもの。
だけど身体には異常な痛み。

医師から言われる言葉は心無い言葉ばかり。
『もっと筋力つけなさい』
『運動しなさい』
『痛みに執着しすぎ』
『こんなに痛いはずがない』
『うつ病なんじゃない?』など…
私はこのような心無い言葉を常に浴びせられ続けてきました。
診断がされなかったので周りの方々にも理解されず、
ただの
『なまけもの』『ダラダラしてる人』『手のかかる人』
と思われていたんです。

確実に私の日常を奪っていく…
私の日常生活をどこまで奪っていくの…心の中で悲鳴をあげていました。

激痛と共に目覚め、朝起き上がれない。
仕事に行くまでの準備が通常の2倍以上の時間を要する…
人とぶつかると激痛が走る…
当然動けない日もありました。

悔しさと不安、恐怖。
この期間を私は【希望の見えない真っ暗闇の中にいた時代】と伝えています。
私から笑顔を奪っていった時間。


当時はこんな激痛が身体にずっと続くのであれば、
別の道を選んだ方がマシだと思いました。
そんなことが頭の中を何度よぎったことか…。
医師に治らない痛みなら右腕を切り落としてと泣いて頼んだこともありました。

見た目からはわからない、激痛を抱えながら過ごす病。
『線維筋痛症』
この辛さが、
この痛みが、
周りに理解されない苦しみが
皆さんに伝わるでしょうか?
せめてこのブログを読んでくださった方には少しでも伝わることを願います。


続きはまた後日。


闘病中の方、原因不明の痛みと闘っていらっしゃる方、諦めないでください!!


大谷美子
5年前、痛みに耐えながらサロン業務をしていた私
サロンオーナー
大谷 美子
34歳の時にアロマやネイルなどの資格をいかしてオールハンドのプライベートサロンをオープン。サロン経営のほか、ビジネスマナー研修も行う。36歳の時に線維筋痛症という、全身を痛みが襲う難病と診断され、激痛と闘う日々。そんな中でも美に生きる希望を見出だし、一歩ずつ前進する私の姿から、病気でも美を諦めないことを伝え続け、強くしなやかに生きていきたい。