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性に対する価値観は人それぞれ。妻もしくは夫が不満を抱えていたときには、トラブルに発展することも。では、50歳で子供のいる夫婦の夫が、セックスレスを理由に妻へ離婚を切り出した場合、妻は慰謝料を請求することができるのでしょうか。
離婚・相続・パートナーシップや家族関係を専門とし、メンタルケアやライフコーチングにも精通する弁護士・鈴木麻子先生(自由が丘テミス法律事務所)に、「50歳のセックスレスは離婚理由として認められるのか」についてお話を伺いました。
【INDEX】
50歳の社会福祉士で公務員の桃子さん(仮名)は、同じく社会福祉士として民間企業で働く竹雄さん(仮名・50歳)と結婚20年目。この春、大学生の子供が一人暮らしを始めるそうです。
性交渉は出産から18年間ないとのこと。産後すぐと、まだ授乳をしていた15年前に「ちょっと体調的に無理かも」と竹雄さんの誘いを断ったものの、その後はお互い「父と母」に徹して暮らしていたといいます。
会話は少ないながらもケンカはほとんどなく、穏やかな夫婦関係だと思っていた桃子さん。しかし50歳になったタイミングで、「籍を抜きたい。男女としてのパートナーが欲しい」と竹雄さんから離婚を切り出されました。
理由は「セックスレスのまま人生が終わるのが辛い」から。桃子さんは「授乳期間中は断ったが、その後は誘われておらずお互いさまだったはず」と戸惑いを隠せないといいます。
ーー法的に、セックスレスは離婚原因になり得ますか? どのような場合に認められ、どのような場合は認められにくいのでしょうか? 判断の分かれ目となるポイントを教えてください。
鈴木先生「セックスレスそのものは、民法770条1項の法定離婚事由として明記されているわけではありません。ただし、同条の『婚姻を継続し難い重大な事由』に該当する可能性があります。最高裁は昭和37年の判決で、『夫婦の性生活は婚姻の基本となる重要事項』であると示しており、セックスレスが離婚原因となり得ること自体は、判例上認められています。
ただし、ここが重要なのですが、裁判所は、セックスレスという事実だけをもって、すぐに離婚を認めるわけではありません。東京地裁平成14年判決でも、『性交渉が存在しないという事実のみで、当然に婚姻関係が破綻するものではなく、当事者間の関係を全体として客観的に評価する必要がある』と明確に示されています。
認められやすいのは、一方が正当な理由なく長期間にわたって拒み続け、もう一方が改善を求めても応じてもらえなかったケースや、婚姻前に性的不能であることを隠していたケースなどです。
一方で認められにくいのは、病気や身体的事情がある場合や、双方ともに性交渉を求めていなかった場合、またセックスレス以外の夫婦関係が円満に保たれている場合などです。状況全体を丁寧に見ていくことが重視されるといえるでしょう」
ーー今回のように、18年という長期間セックスレスが続いている場合、双方口に出さないまでも「暗黙の合意」があったとみなされる可能性はありますか?
鈴木先生「この点は、今回の御夫婦のケースにおいて非常に重要なポイントです。京都地裁昭和62年判決は、セックスレスが離婚原因になり得るという原則を示す一方で、『病気や老齢などの理由から性関係を重視しない当事者間の合意があるような特段の事情』がある場合には例外となるとしています。
本件では、妻が授乳期に2回断った後、夫からも誘いがなく、その後も双方ともに性交渉を求めることはありませんでした。会話は少ないながらも、けんかはほとんどなく穏やかに暮らしていたという事情があります。このような事実関係は、『双方が性交渉のない状態を受け入れていた』と評価される可能性が高いといえます。
また、東京地裁平成23年判決も、『夫婦の双方が性交渉を開始しない場合においては、原則として、いずれか一方にのみ性交渉を開始すべき義務が生じると解することはできない』と判示しています。つまり、夫が18年間何も言わなかったこと自体が、当時はセックスレスの状態を容認していたことの表れと見ることができます。
実務上も、セックスレスの期間が長期にわたる場合、“性交渉がなくても婚姻関係が維持されている”と判断される傾向があります。本件の18年間という期間は、まさにこれに該当するといえるでしょう」
ーー上記の御夫婦は、50代ということで、ホルモンバランスもゆらぎやすいミドル世代です。年齢は、裁判実務上、判断に影響しますか?
鈴木先生「年齢そのものによって、法的な結論が直接左右されるわけではありません。ただし、京都地裁昭和62年判決が『老齢』を『特段の事情』の一例として挙げているので、加齢に伴い性交渉が自然に減少・消滅することは、一定程度、『当然の前提』とされています。
50代であれば、更年期によるホルモンバランスの変化や体調の変化は医学的にも一般的であり、『正当な理由』として考慮される要素になります。これは女性に限らず、男性側についても同様です。
ただし、年齢以上に重要なのは、夫婦間でセックスレスについてどのようなコミュニケーションがとられてきたかという点です。裁判所が最も重視するのは、『どのような経緯で性交渉がなかったのか』というプロセスであり、単に50代だから認められる、認められないといった、一律に判断できるものではないのです」
ーー今回のように18年間セックスレスが続き、夫が「男女としてのパートナーが欲しい」と離婚を求めた場合、離婚が認められる可能性はありますか?
鈴木先生「まず離婚についてですが、夫がセックスレスを理由に離婚を求めた場合、その請求が認められる可能性はあります。ただし、それは『セックスレスだから』という理由だけではなく、『夫婦関係全体が破綻している』と評価された場合に限られます。夫が明確に離婚の意思を示し、今後の修復が困難であると判断されれば、セックスレスを含む婚姻関係全体の破綻として、離婚が認められる可能性があります。
一方で、妻側が婚姻関係の継続を望み、修復の意思を示している場合には、裁判所が容易に離婚を認めることはありません。特に本件では、18年間穏やかに生活してきた実績があり、セックスレスについて夫から具体的な改善要求もなかったことから、『婚姻関係が破綻している』と評価するには材料が乏しいともいえます」
ーー妻側が、慰謝料を請求できる可能性はあるのでしょうか?
鈴木先生「妻側からの慰謝料請求に関しても、『セックスレスを理由に突然離婚を切り出された』という事実だけで、妻側が夫に慰謝料を請求できるかというと、それだけでは難しいのが実情です。
慰謝料は、相手方に有責性・違法性がある場合、つまり婚姻関係を破綻させた責任が相手方にあると認められる場合に発生するものです。『離婚を切り出した』というだけでは、有責行為とは評価されません。
ただし、夫に不貞行為がある場合は別です。たとえば『男女としてのパートナーが欲しい』という発言の背景に、すでに交際相手がいるようなケースでは、不貞行為を理由とする慰謝料請求が可能になります。また、離婚に至る過程でモラハラや経済的DVなどの事情があれば、それらを理由に慰謝料が認められる余地もあります。
つまり、セックスレスを理由に離婚を求められたこと自体では慰謝料は発生しにくいものの、その背景に別の有責事由がないかを確認することが、実務上は重要といえるでしょう」
ーー今回の桃子さんのようなケースでは、女性側としてどのような対応が考えられるのでしょうか。まず、最初の一歩としてできる対処について教えてください。
鈴木先生「このケースで一番大切なのは、実は法律論ではなく、桃子さん自身が『どうしたいのか』です。夫から求められればセックスに応じたいのか、応じたくないのか。夫婦関係を維持したいのか、離婚に応じてもよいのか。そのお気持ちによって、取るべき方針は大きく変わってきます。
『セックスレスだから離婚しなければならない』わけでも、『切り出された側が必ず不利になる』わけでもありませんので、まずは、ご自身の気持ちをゆっくり整理していくことが、最初の一歩になるのではないでしょうか」
ーーセックスレスを理由に離婚を切り出された側が弁護士に相談する場合、どのような情報や資料を整理しておくとよいでしょうか。また、相談時に気をつける点はありますか?
鈴木先生「婚姻期間や、セックスレスに至った経緯(いつから・きっかけ、その後の双方の態度)、夫婦間のコミュニケーション状況(普段の会話、家計の管理、子育ての分担など)、離婚を求められた経緯と夫の言い分、そして何より『ご自身がどうしたいのか』といった点を整理しておくことが大切かと思います。
完璧に整理できていなくても問題ありませんので、時系列に沿って思い出せる範囲でメモしておくだけでも、相談の際に状況を伝えやすくなり、やり取りもスムーズになるかと思います。
離婚という選択をするかしないかを決断するにあたっては、経済的な条件が大きな判断材料になることが多くあります。具体的には、慰謝料や財産分与といったお金の問題です。
慰謝料については、相手方に明らかな有責性(たとえば不貞行為や暴力など)が認められる場合に支払い義務が発生しますが、実務上、そうした場合であっても金額は50万〜300万円程度にとどまることがほとんどです。
それよりも、婚姻期間が長い夫婦の場合に重要になるのが『財産分与』です。婚姻期間中に夫婦で形成した財産を分けるもので、婚姻期間が20年ともなれば、慰謝料よりもはるかに大きな金額になることが珍しくありません。財産分与がどの程度見込めるのかを把握することが、中高年の離婚においてはとりわけ大きな判断材料になります。
なお、離婚時の財産分与は、原則として婚姻期間中に夫婦で築いた財産が対象となります。そのため、離婚を切り出された側としては、事前に家庭内のお金の管理状況や収支の流れ、貯金額などをできる範囲で把握しておくことが大切です。弁護士に相談する際にも、こうした情報があることで、より具体的なアドバイスを受けやすくなります」
ーーセックスレスを理由に離婚を切り出されたケースで、法律に詳しくない一般の人が誤解しがちなことなどはありますか?
鈴木先生「最も多い誤解は、『セックスレス=即離婚』『レスの原因を作った側が必ず慰謝料を支払う』というものかと思います。実際には、双方の事情やこれまでの経緯が総合的に考慮されます。特に本件のように、双方が求めなかった結果として生じたセックスレスの場合には、どちらか一方だけに責任があると判断されることは、基本的にはありません。
もう一つの誤解は、『離婚を切り出された側が不利になる』というものです。ただ、法的にはそのようなことはありません。切り出された側であっても、財産分与や年金分割といった経済的な権利はきちんと守られますので、ご安心いただければと思います。むしろ、突然の申し出に動揺してしまい、不利な条件で応じてしまうことのほうがリスクといえるでしょう。
感情的に判断してしまう前に、まずは専門家にご相談いただき、ご自身の立場や取り得る選択肢を整理していくことが大切ではないでしょうか」
ーー今回のケースでは、50歳になっていきなり離婚を切り出された桃子さんは驚いていると思われますが、そういった立場の方にメッセージをお願いします。
鈴木先生「突然、離婚を切り出されたお立場の方は、驚きやショックを受けられのは当然かと思われます。そのように感じられるのは、とても自然なことです。まずはお気持ちが少し落ち着くことが大切ですので、信頼できる方にご相談されるなど、ご自身をいたわる時間を持っていただければと思います。
そのうえで、人生100年時代ともいわれる今、『人生を見直すきっかけ』として受け止めていただけると、少しずつ前向きな方向に進みやすくなるのではないでしょうか。
もちろん、不本意な出来事ではあると思いますが、パートナーから離婚を切り出されたことをきっかけに、『私はこれでいいのだろうか』とご自身の人生を見つめ直し、結果として前向きな一歩を踏み出された方もいらっしゃいます。
夫婦関係を見直す一つのターニングポイントととらえて、丁寧に向き合っていくことで、結果がどうであれ、ご自身らしい人生につながっていくのではないかと感じています。
話し合いを重ねて関係を修復された方もいらっしゃいますし、ご自身で新しい道を見つけて歩み出された方もいらっしゃいます。いわゆる『ピンチがチャンス』となり、結果として幸せな方向に進まれた方も多く見てきました。
どうかお一人で抱え込まずに、離婚問題を専門とする弁護士やカウンセラー、あるいは身近な方でも構いませんので、信頼できる方にご相談いただければと思います。人生を見つめ直すひとつの機会として、焦らずに冷静に受け止めていただけたらと思います」
【参考:主要判例】
最高裁第三小法廷 昭和37年2月6日判決(昭和34年(才)第888号)「夫婦の性生活は婚姻の基本となるべき重要事項」
京都地裁昭和62年5月12日判決(判時1259号92頁)「特段の事情のない限り、原則として重大な事由にあたる」
東京地裁平成14年7月19日判決「性交渉の不存在の事実のみで当然に婚姻関係が破綻するものではない」
東京地裁平成23年3月15日判決「双方ともに性交渉を開始しない場合、一方にのみ義務が生じるとは解せない」
東京地裁平成29年8月18日判決(判夕1471号237頁) キス・ハグを含む身体的接触の完全欠如を評価
福岡高裁平成5年3月18日判決(判夕827号270頁)
教えてくれたのは…鈴木麻子(すずき・あさこ)弁護士
弁護士(第二東京弁護士会)。1980年ドイツ生まれ。東京大学教養学部卒業。大学在学中に司法試験に合格し、2006年弁護士登録。離婚・相続など家族に関する案件を数多く担当する。自身の病気や家族との死別を経て、2016年末に一度弁護士業を休業。社会的企業でのリサーチャーの仕事をする傍ら、コーチング・カウンセリング等の学びを深めたのち、弁護士に復帰。2019年に自由が丘テミス法律事務所を開所。法的サポートに加え、メンタル面や人生全般を見据えた統合的なアドバイスを大切にしている。離婚・パートナーシップ・家族関係の相談を専門に、性別・年代を問わず幅広く対応。https://suzukiasako.wp-x.jp/
※本記事の体験談は、プライバシーに配慮して取材内容に脚色を加えています。
取材・文/星子 編集/根橋明日美 写真/PIXTA
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