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【作家・甘糟りり子さん】萬田久子さんの一言で変化!62歳で「キャンメイク」も愛用する理由

’80~’90年代の華やかなバブル時代を謳歌した作家の甘糟りり子さん。 40代でロンドンマラソンを完走し、都心から海辺の暮らしへとシフト、 さらには父の死という人生の転機がいくつもあったといいます。小説家デビューの経緯から最近きちんとするようになったというメークのお話まで、鎌倉・稲村ガ崎のご自宅で伺いました。

ちょっと面倒くさくて無駄な行為こそが心の栄養素になる

お話を伺ったのは…… 甘糟りり子さん

《Profile》
1964年神奈川県生まれ。ファッション、映画、車、食など、最新情報を織り込んだエッセイや小説で注目される。著作に『バブル、盆に返らず』(小社)『鎌倉の家』(河出書房新社)など多数。

若い頃からのポリシーは何事も「迷ったらやめる」

昨年ぐらいからメークをきちんとするようになりました。メークは得意じゃないし、顔がはっきりしすぎているので、やりすぎると怖い印象になっちゃうんですよね。それまで、手抜きをナチュラルと自分に言い訳して、適当に済ませていました。そんなとき、時々お食事をご一緒する萬田久子さんから「あなたはメークに負けない顔立ちなんだから、もっとやったほうがいいわよ」と発破をかけられ、萬田さんにお目にかかるときだけ張り切ってメークしていたんです。すると同席した友達からも「今日いつもよりいい感じ」と褒められることが多くて、きちんとメークをするようになりました。

若い頃から「迷ったらやめる」がポリシー。アクセサリーも、調味料も、文章の形容詞も、つけようかどうしようか迷うものは基本的に使わないようにしています。メークも同じでしたが、年齢を重ねたら、少し足し算も覚えたほうがいいみたいですね。今さらながら結構楽しくやってます。

大きな変化は、濃いブラウン系のアイシャドウが怖くなくなったこと。ルナソルの10色入りパレット、ザ ベージュアイズで自然なグラデーションが出るように心がけています。アイラインは3本使い。1本目はブラックで上まぶたのまつ毛の隙間を埋め、2本目のブラウンでぼかし、3本目は極細を使って下まぶたの目尻だけにラインを入れています。汗をかいたり涙ぐんだりすると、下まぶたのラインがにじんでしまうので、キャンメイクのラスティングマルチアイベース WPを使っています。これはネットで「アイメーク、にじみ」と検索して探しました。マスカラはメイベリン。口紅はMIMCが気に入っていますが、たまにリップモンスターを。ファンデーションは、新しく出た江原道のザ・スキンウエイク 発酵液ファンデーションフィルタリングクリームが気に入っています。

スキンケアにこだわりは特にないですが、海のそばで育ちましたし、海遊びもするので、リーフセーフ(珊瑚礁や海洋環境に有害な成分を含まない)の日焼け止めを使うようにしています。海は海面の反射もあるので、通常より3倍ぐらい日に焼けてしまいます。一気に5歳くらい老ける感覚。海から上がったらリポCを2~3本飲むように心がけています。

化粧品より車やオーディオのほうが好き

車に熱狂するオタクたちをエンスージアスト(熱狂的愛好家)と呼んでいた時代がありました。オタク的に熱狂するのは男性の専売特許と思われがちですが、女性のその最たるものが美容だと思います。私はこれまで、化粧品より車とかオーディオとかのほうが好きでしたけれど、最近の化粧品や美容はとことん研究したら楽しそうですよね。でも、私が一番ハマっているのはDJ機材。一昨年、還暦になったタイミングで、同級生たちと海の家を貸し切ってパーティをしました。ディスコタイムで初めてDJをしたのですが、これがもう楽しくて。私は踊るより躍らせるほうが好きみたい。原稿書きの気分転換に、世代別やシチュエーション別にどうやったら盛り上がるかと考え、架空のプレイリストを作って楽しんでいます。10代の頃からディスコやダンスミュージックが好きでした。大学時代はディスコで遊んでばかりでしたね。

大学卒業後はアパレルメーカーに就職したものの、1年で退職。その後、編集者になった同級生のアドバイスで、ファッション誌の編集部に出入りするようになりました。流行のレストランや最新のファッションを追いかけて、記事にするのが仕事でした。30年くらい前の「夜お茶」という言葉、実は私が作って流行らせたんですよ。刺激的で楽しい毎日でしたが、次第に自分の頭の中を自分の言葉で記録したい、それを一冊にまとめたいと思うようになりました。つらつらと思いついたことを書き溜め、創立間もない幻冬舎に持ち込みましたが、編集者から「この文章は本にする価値がない」と言われちゃいました。でも、同時にその方から「あなたは言葉が意識の外にある。そういう人は物語を作れるはずです。小説を書いてみたら?」と勧められたんです。2年後に短編集『甘い雨のなかで』で小説家デビュー。36歳のときです。

40代は人生の後半のスタート。まさに転機の連続でした

30代までは、毎晩のようにハイヒールを履いて飲み歩いていたし、テニスにも夢中でした。捻挫を繰り返した挙句、41歳のときに右足首に人工靭帯をつける手術をしました。テニス仲間に当時の伊達公子さんのマネージャーさんがいて、「甘糟さんも伊達さんの真似をして、リハビリからロンドンマラソンを目指してみたら?」と冗談半分で言われたんです。私はそれを本気にしちゃって、術後に松葉杖が取れたらすぐにランニングの練習を始めました。女性の間でランニングがブームになる前でしたが、懇意にしていた女性誌でランニングの連載が始まり、走る前からマラソン関連の本の刊行が2冊決まって後に引けない状況に。一年間は夜遊びを封印し、真剣に取り組みました。完走したのが42歳のとき。

翌年、都心と鎌倉の実家のデュアル生活をやめ、逗子に引っ越しました。夜飲み歩くことも少なくなり、サーフィンを始めたり、ゴルフを再開したり、自炊がグンと増えたのもこの時期。ライフスタイルと共にファッションも変わりましたね。30代はジェニーやアルマーニ、ドルチェ&ガッバーナなどイタリアブランドの派手なものばかり着ていましたが、海のそばで暮らすようになって、肩の力の抜けたカジュアルなスタイルに。40代はラルフ ローレンが多かったですね。

49歳のときに父が亡くなりました。逗子の家は引き払って、完全に鎌倉の家での生活になりました。築100年近い日本家屋の手入れをしながら暮らしています。40代は人生のターニングポイントがたくさんあったと思います。

この時期、さまざまなテーマの小説を書きました。都会の恋愛ものだけでなく、肉体改造についての物語や女性の加齢と性、恋愛についての物語など。そんな中、ある編集者に「そろそろ家族について書いてみませんか」と言われたのがきっかけで書いたのが、出産をテーマにした短編集『産む、産まない、産めない』。多くの方が手に取ってくださり、先日、文庫版が10刷になりました。多方面に取材をしましたが、ある産婦人科医の方から「自分の専門は不妊治療だけれど、産まない人生も悪いことではない。医者として患者にそう言えないけれど、物語こそそれを伝えられるのでは?」と言われハッとしました。その後、『産まなくても、産めなくても』『私、産まなくていいですか』と続き、今は第4弾のプロットを考えています。

甘糟さんの美の秘密

写真を撮ることと文章を書くことは同じ

いつも使っているのはキャノンのミラーレス。撮影した写真は、WEBマガジン「mi-mollet」で連載中の「稲村ケ崎物語」の作中画像に使ったり、ポストカードにして著書とセットでふるさと納税の返礼品にも。

「いつもその香り」と指摘されるお気に入り

ukaの香水「ジャパニーズナイト」は、発売以来ずっと使っています。都会的でオリエンタル、どこかウイスキーを連想させる香りがお気に入り。

本記事は、美ST編集部が取材・編集しました。「美ST」は16年以上にわたり、40代&50代女性の美容とライフスタイルを追求してきた月刊美容誌です。
『美ST』2026年5月号掲載

撮影/中川真人(magNese) ヘア・メーク/SATOMI 取材/安田真里 編集/和田紀子

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【作家・甘糟りり子さん】萬田久子さんの一言で変化!62歳で「キャンメイク」も愛用する理由

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