PEOPLE
俳優、歌手、家庭人として激動の40代を駆け抜け、酸いも甘いも経験しながら魅力を増し続ける篠原涼子さん。40代でのキャリア、家庭の変化を振り返りながら、今も圧倒的な存在感を放つその秘訣を伺いました。
《Profile》
1973年群馬県出身。’90年東京パフォーマンスドールに加入。’94年シングル「恋しさと せつなさと 心強さと」が大ヒット。代表作はドラマ「ハケンの品格」「アンフェア」、映画『北の桜守』『人魚の眠る家』など多数。『篠原涼子 Birthday Premium Billboard Live 2023』8/20(大阪)8/26(横浜)を開催。
かつては一日中ジムにいるなんて考えられなかった特別なことが今はできる。感謝しなければいけないなと思っています。一番の感謝は家族。大好きな女優の仕事を続けさせてもらうためにも、母・妻として完璧にこなさないとダメだと勝手に思い込んでいて、できていない自分に自己嫌悪。結果、心身ともに疲れ果て、何もできなくなっていた時期がありました。それで家族と話し合い、最終的に離婚という選択になりました。
離婚後、私は家を出ましたが、ほぼ毎日家に戻り、形は違うけれど、2人で子供たちを育てていることに変わりはありません。父親に親権を譲ると決めた時に心配だったのは、年齢的に負担にならないかということ。市村さんにとって子供たちは宝物。長男が生まれた日、「人生でこんなにも素晴らしい宝物をいただけると思わなかった」と感動していた姿が忘れられません。
もちろん私もですが、その宝物を私が奪ってはいけないと切に感じました。子供たちは苦しんだし、相当な理解をしてくれたと思います。小さい時から両親が役者というだけで周囲が手をかけてくださり、それに対する感謝とともに、決して甘えてはいけない、自分のことは自分でやることを徹底してしつけてきましたが、離婚後は2人とも成長して、自立心が芽生えたように思います。
どうしようもない母親だから僕たちがしっかりしようと頑張ってくれているのかもしれません。以前のように密着ではないけれど、私の部屋もそのままで、子供とも家で一緒に過ごしています。毎日のお弁当はパパ担当で、時々私が作ると、「ママのがいい」って(笑)。そういうことが言い合える関係が築けていることも嬉しいです。
結果的に、子供がいながら自分の人生を選んだ形になったけれど、この形を続けられるのは彼が寛大に受け止めてくれているから。世間様から「何を言っているのだ」と怒られて当然だと思っていますが、さらに家族の存在感が増して、命と心が通じ合い、見つめ直せるようになりました。一緒にいた時は、それが当たり前で、見失うこともあったけど、今は絶対に存在を見失ってはいけないと気づかされ、そう感じるのが私だけでなく、彼もそうだと思いたいです。
振り返ると、16歳でデビュー後、20~30代はガンガン仕事して、結婚後も寝るより仕事を取りました。本当の自分を見失っていないか、ふと不安になったのが45歳。その頃から公私ともに徐々に変化し、仕事では主役以外も演じるようになり、主演とは異なる学びの多さは「はじめまして」の感覚で、とても楽しい。今後は犯人や悪人役もやってみたいです。
同時に音楽活動もリスタート。今、感じることは、いっぱいいっぱいでいるより、寛大な気持ちで物事を捉えたり、判断できる50代の女性になりたいということ。でも、そうなるためにと必死に考えると、私の場合、鼻息が荒くなっちゃう(笑)。自然な波に乗り、波のトーンに合わせて緩やかな感覚で穏やかに生きていきたいと思います。
自分たちの人生も子供たちの人生も一度しかない。みんながハッピーになるために、挑戦を続けながら、堂々と自分らしく生きていきたいな。
《衣装クレジット》
ワンピース¥63,800 参考価格(ガニー)ネックレス¥112,200(プライマル)
2023年『美ST』10月号掲載
撮影/菊地泰久(vale.) ヘア・メーク/岡野瑞恵(STORM) スタイリスト/宮澤敬子(WHITNEY) 取材/安田真里 編集/漢那美由紀
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