PEOPLE
映画『Shall we ダンス?』に主演、その監督だった周防正行さんとの結婚によってバレリーナとして大きくステップアップしたという草刈民代さん。2009年に引退後は俳優として活躍し、還暦を前に事務所を独立。現在の心境と、結婚30年を迎える夫婦円満の秘訣について伺いました。
《Profile》
1965年生まれ。牧阿佐美バレヱ団の主要バレリーナとして舞台に立ち、モスクワをはじめとする世界各地で客演。’96年に映画『Shall we ダンス?』に主演。2009年にバレリーナ引退後も、俳優として活躍しながらバレエ公演のプロデュースも精力的に行う。
29歳のとき、映画『Shall we ダンス?』に初主演しましたが、実はその2年前、歩けなくなるほど椎間板ヘルニアがひどくなり、1年間まったく踊れなかったのです。治らなければ引退しようと思っていたくらい。そもそも腰痛が始まったのは17歳のとき。以来、疲れると腰痛が出て、精神的にも辛くて。しばらく休んで歩けるようになり、怪我をしたダンサーを復帰させるのが上手だというニューヨーク在住のアメリカ人のバレエの先生を紹介してもらいました。渡米して稽古をしていただき、なんとか復帰した年の暮れ、映画の話がきたのです。今思うと、あの映画の出演で、私の踊り手としての道がぐわーっと開きました。
大きく道が開けたもう1つのきっかけは、夫と結婚したことです。バレリーナ時代から、私は常に「この環境では難しい」というレベルを目指していたと思います。だから、先生や先輩と考え方が違うところが多かった。今思えば、見ているところも、目指すところも違っていたのだと思います。でも、映画に出て、夫と知り合い結婚したことで、本当に視野が広がりました。夫はもの作りのプロフェッショナルだし、性格的にも人のことを尊重するタイプ。私がやろうとすることを理解し、認め、支えてくれる人です。だから結婚して救われたと思っています。生活の中で、彼のやっていることを見て聞いて、知らず知らずのうちに学んだこともたくさんあって、コロナ禍で制作したYouTubeのダンス動画では、夫の手を借りずに映像的な演出もできるようになりました。「門前の小僧、習わぬ経を読む」。そんなことを言いながら、夫は楽しんで見守ってくれました。
結婚後3週目に喧嘩をして、3週間くらい口を利かなかったことがあります。そんなことに労力を使うのはもったいないと、お互いに悟りました。それ以降、喧嘩はしていません。でも、特に仲良くいるための努力もしていない。それぞれ自分のペースで生活しています。私が勝手気ままにやれているのは、夫が成熟しているからじゃないでしょうか。
子どもを産もうとは思わなかったですね。私は出産していたら踊れなかったと思うし、夫はどっちでもいいと思っていたと思う。そもそも相手に無理なことを言う人ではないんです。自分のことは自分で決める。これが私たちのスタンス。相手に求めるようなことがお互いないですね。
夫が60歳になるとき、「もう好きなように生きるぞ」と宣言したんです。それを聞いたとき、これまでも好きなように生きてるはずだし、わざわざ宣言するほどのことなのか?と思いました。でも、自分が60歳になってみて、その気持ちがちょっとわかったんです。私はこれまで、あまり人のことを気にするタイプとは思っていなかったけれど、実は気にしていることに気づきました。もちろん、人のことを思いやるのは大事。でも、慣例や空気を気にしても、それが本当の気遣いかどうかは別だなと。それって思いやりとは違うし、あくまでも軸は自分であるべきです。日本の文化を考えると、それは年齢を重ねないとなかなか気づけないことだとも思います。そういうことを理解して、自分なりの考えを持てることが、歳を重ねることの良さでもあると実感しています。
私の40代は、まさに30代からの延長。挑戦的な時期でした。43歳で引退を決意するまで、俳優になろうなんて夢にも思っていませんでした。映画『Shall we ダンス?』は、本当に踊れる人にしかできなかった役。私の中では俳優とは別ものなんです。賞もたくさんいただきましたが、さまざまなことがうまく嚙み合った感覚でした。宝塚の方々のように、引退後は俳優の道がつながっているわけではありません。バレリーナと俳優はそもそも表現のジャンルが違うのです。その違いがさらにわかるようになってきたのは、俳優として活動し始めて5年を過ぎた頃。その頃からいろいろな人との出会いがあり、さまざまな方向から勉強するようになりました。写真集や本を出版したり、演劇やバレエの公演をプロデュースしたり。40代は本当に挑戦の連続でしたね。
60歳になって思うことは、今の自分の準備は40代から始まっていたということです。40代でどれだけ生きるビジョンをきちんと持てているかで、その後の人生がずいぶん変わっていくと思います。私も然りですが、40代ど真ん中にいるときは、自分をどう見せるか、見た目がキレイでいることに一生懸命になっちゃうかもしれない。でも、そればかりでは生きていけなくなることにどんどん気づいていくんです。大事なのは、自分が何を考えているのか、何が心地いいかを正しく感じることだと思います。心地いいとは、ラクをすることではなく、何を考え、自分で納得するかってことですね。やはり、しっかり考え抜かなければ自分の望んだところには辿り着けないのです。時代が変化すれば、当然自分の考えることも変わってきます。そして、40代で切り替えて、50代になったら「あ、このままじゃ危険」と切り替え、60代になったら「あ、このままじゃ危険」とまた切り替え、自分自身を塗り替えていくことを怖がらないことも大事。家事でも何でも、その時々で無理をせず、でも、できることをできるだけ増やせるよう、当たり前に努力をし続けられる人になりたいと思っています。
何歳になっても挑戦できるよう、気力と体力は枯渇させたくない。60代からもさらに広げて、充実させるつもりですし、70代になって今よりも体が動かなくなっても、やりたいこと、できることはきっとあるはず。死ぬまでそうやって生きていくことが理想です。それにはまず健康。時代が激変している今、のんびりばかりもしてられない。政治にも社会の動きにも目を凝らし、正しい選択ができる人になりたいです。歳を取ったからもういいでしょ、ではなく、次の世代の人たちのためにもみんなが同じように学んでいかなくてはいけないと思います。
上は、自宅に甥を招いて私が料理を振る舞ったときのもの。下は引退公演の写真。俳優デビューから始まり、変革期であり転換期でもあった40代。47歳のとき、夫が監督を務めた映画『終の信託』に主演し、毎日映画コンクールで大賞を受賞。私たち夫婦にとって思い出深い作品に。
挑戦するってすごく大事。すごく億劫なんだけど、重い腰を上げてでもするべきです。ラクなことだけやっていたらその領域でしか生きていけません。人生の扉を開くには気合いを入れてトライしましょう。
《衣装クレジット》
ジャケット ¥163,900、パンツ ¥104,500、パールネックレス ¥36,300(すべてN21/IZA)パンプス参考商品(セルジオ ロッシ/セルジオ ロッシ ジャパン)
撮影/枦木 功(nomadica) ヘア・メーク/田中康世(cheek one) スタイリスト/宋 明美 取材/安田真里 編集/和田紀子
◆あわせて読みたい
SKINCARE
PR
SKINCARE
PR
SKINCARE
PR
HAIR
PR
SKINCARE
PR
SKINCARE
PR
SKINCARE
PR
SKINCARE
PR
HAIR
PR
2026年3月16日(月)23:59まで
2026年3月16日(月)23:59まで
2026年2月16日(月)23:59まで
2026年2月16日(月)23:59まで
2026年1月16日(金)23:59まで