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紺野美沙子さん「還暦を過ぎた今、心が動く好きなことだけを」

慶應義塾大学在学中にNHK朝の連続テレビ小説「虹を織る」のヒロインを演じて人気を博し、清純派女優として活躍した紺野美沙子さん。60歳を超えた今でも、当時の透明感はそのまま。頑張りすぎず、自分の心のおもむくままに。肩の力が抜けたナチュラルなオーラがありました。

外見は枯れていくけれど、気持ちはいつまでも瑞々しく

柔らかな微笑みを常に絶やさず、内面からにじみ出る温かさは、まるで陽だまりのよう。女優の紺野美沙子さんは、本業に加え、朗読座を主宰。さらには相撲の横綱審議委員会の委員もこなし、作詞・作曲まで!何歳になってもポジティブに生きる秘訣を伺いました。

ワンピース(DUE deux)ピアス(QAYTEN)

《Profile》
1960年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒。’79年に女優デビュー。翌年NHK連続テレビ小説「虹を織る」のヒロインで人気を博す。ドラマ「武田信玄」「あすか」、舞台『細雪』『オットーと呼ばれる日本人』など多数出演。’98年、国連開発計画親善大使に任命。’10年「紺野美沙子の朗読座」を主宰。好角家としても知られ、’22年から横綱審議委員会委員を務める。

還暦を過ぎた今は自由気ままにのんびりと。一日一イベントを楽しんでいます

昨年、還暦にしてYouTubeデビューしました。千葉県の銚子電鉄とコラボして、私が作詞・作曲した応援ソング「ちょうしに乗っていこう!」を同社の「激つらチャンネル」に投稿したんです。きっかけは、たまたまお風呂で同社の竹本(勝紀)社長の記事を読んでいたとき、「銚子?ちょうし、調子?」と、ふと歌を思いついて。「こんな時だから、ちょうしに乗りたいな~」というおやじギャグのような歌詞で、曲も鼻歌レベル(笑)。ちょうどコロナ禍真っ只中で、ちょっとでも日本が元気になることをしたいと思っていたときに偶然生まれたこの歌で、世間の役に立てたらなと。銚子電鉄に自分から連絡してコラボが実現しました。歌があるなら、体操もあると楽しいなと思って、YouTubeで披露しています。

そう言うと、行動力があって積極的だと思われがちですが、実はステイホーム率が高いの。今日みたいに撮影で都会に来ると、おどおどドキドキ(笑)。

結婚30年で今は別居婚。離れて気づいた夫の長所

今年で結婚30周年を迎える夫は、現在富山県氷見市の副市長。なので今は別居婚です。とはいえ月3分の1くらいは私も富山に行って、洗濯や掃除、ご飯を炊いて冷凍したりと、家事に追われています。仕事のときは東京に戻って、生活に変化があっていいですね。

夫はテレビ局の社員でしたが、55歳のときに「映画を作りたい」と言い出して早期退職。ウガンダの孤児たちの教育支援をテーマにしたドキュメンタリー映画を1本撮りました。その後はどうするのかなと思っていたら、今度は「地方創生の仕事がしたい」と、2年前に氷見市副市長の公募にエントリー。採用されて、任期は4年。夫はもともと地方出身で、東京で存分に仕事をしましたから、地方での仕事は向いていると思いましたし、決まったときは心から良かったなと。

実は夫が退職後、しばらく在宅ワークの時期があり、ずっと一緒にいるとお互いの短所ばかりが目についてイライラすることも多くて……。でも、離れてみると「こんないいところがあったんだ」と長所が見えてきました。まさに、郷ひろみさんの歌「よろしく哀愁」の「会えない時間が愛育てるのさ」の歌詞そのものだなと(笑)。

今は息子も独立し、横浜でのひとり暮らしを楽しんでいます。これまでは毎日家族のスケジュールに合わせて過ごしていましたが、1日何もアポがない日は本当に幸せ。天気がいいとお蕎麦屋さんに行ったり、スーパーに買物に行ったり。1人の食事も楽しいですね。自分が好きなものを3食食べています。朝食はご飯党。具だくさん味噌汁、納豆にお漬け物、鮭やソーセージを。夕飯は、私はお酒が好きなので、今日は暖かいからシュワシュワしたいなと思ったら、おつまみを何にしようかと考えます。ビールを飲みたいときは中華風、日本酒なら鍋かな、など。今は手の込んだことはしませんが、お豆、特に白いんげん豆が大好きなので、サラダにしたりお肉と一緒に煮込んだり。豆ごはん率も高いですね。

プレッシャーが多かった40代は軽いパニック障害に

還暦を過ぎた今は自由気ままにのんびりと。一日一イベントを楽しみに、詰め込みすぎないことに幸せを感じるようになりました。でも、40代は真逆で本当に忙しかった。子育て、家事、女優、親善大使と、あれもこれもと頑張りすぎていました。

当時はドラマや映画より、舞台の仕事が多く、48歳で初めて経験した新劇の舞台は、これまでの商業演劇とはまったくの別世界。共演者の方々は演劇ひと筋で邁進してこられた方ばかりで、ご自身の役柄をとことん深く掘り下げていらっしゃる。対する私はといえば、これまでいったい何をやってきたのか、何もできていないと打ちのめされ、愕然としました。映像なら、失敗しても「ごめんなさい」で撮り直しができますが、舞台は一回一回が真剣勝負。焦りましたが、干支がひと回りした12年後までには自分に自信が持てるようになっていたいと、女優としてのやる気に目覚めました。遅いですね(笑)。

38歳で国連開発計画親善大使に就任。数年に一度、途上国を訪れましたが、国連大使という立場なので、大統領にお会いしたり、人前でスピーチをしたり。でも、私はただの女優です。今思い出しても過呼吸になるほどのプレッシャーでした。息子も小学生だったので、10日間ほど家を留守にする不安も大きかったですね。

息子はひとりっ子でしたから、普段は夕飯までには極力家に帰って一緒にご飯を食べる生活を心がけました。仕事が終わると、斜めになって現場を出て、スーパーでガーッと買物をして直帰。楽屋で生協の注文書を記入している女優なんて、本当に失礼な話ですよね。でも、息子が反抗期や思春期の時期も、とりあえずご飯だけはちゃんと食べさせたいという気持ちが常にありました。忙しいときはお惣菜も利用。とはいえ、コロッケなら揚げる前の状態のものを買ってきて家で揚げたり、ハンバーグの種を買ってきたなら、玉ねぎやパン粉を足して増量し、手作り風に偽装していました(笑)。

夫もいちばん多忙な時期で、両立が大変でした。そのせいか、人前に出るのが怖くなる軽いパニック障害になったことも。ひとりで背負い込んでしまう性格を反省し、家族や周りのみんなの力を借りて、乗り越えていきました。

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老いは背中から来る。姿勢に気をつけています

更年期はあまりなかったかな。でも肩こりがひどく、股関節が痛くなったり。もともと冷え性だったので、温活を意識して、体を冷やさないことを心がけ、巡りをよくするストレッチをしています。すき間時間に開脚や首回しをしたり、ストレッチ専門店でトレーナーについてトレーニングをしたり。ストレッチやヨガの動画を観ながら体を動かすこともありますね。もともと体が硬かったのですが、今は人生史上いちばん柔らかくなりました。

スポーツクラブの会員だったり、テニスをしていた時期もありましたが、まったく続かない(笑)。それより、できるだけ車やエスカレーターを使わないなど、日常生活の中でマイペースに続けるほうが気楽だし、私に合っているなと思いました。それでも巡っていないと感じるときは、近所のリンパマッサージに駆け込みます。

9年前に浜 木綿子さんが座長の舞台でご一緒させていただいたとき、当時70代後半の浜さんの立ち姿があまりに美しく、こんなに美しいアラウンド80の方っていらっしゃるんだと感激。「どうしてそんなにお綺麗なんですか?」と訊ねました。すると、「老いは背中から来るのよ。姿勢が悪いと老けて見えるの。だから寝る前に運動して背筋をチェックし、気をつけているの」とおっしゃったんです。なるほどと思って以来、日常生活の中で、背中をもたれないよう気をつけています。いつも姿勢がいいオードリーの春日(俊彰)さんを思い出し、「はい、春日ー」と自分に言い聞かせて、ひとり春日しています(笑)。佐伯チズさんがご存命のときに、「言葉で自分に言い聞かせることが大事」ともうかがったので。だから、「お腹出ないでね」「下がらないで上がってね」と脳に指令を送るようにしています。

美容に関しては、本当にお話しできるようなことが何もなくてごめんなさい。スキンケアは決まっていなくて、Amazonで星がいっぱいついていると買いたくなるの。最近流行りのニードル入りアイクリームを買ったけど、私には向いてないと思って使うのをやめました(笑)。基本的にシンプルなものが好きですが、ドゥ・ラ・メールは長年愛用しています。普段のメークは、下地を塗って眉毛を描くくらいでほとんどしません。

目に見えて老いを意識したのは還暦を過ぎた頃。電車の中で窓に映った自分の姿やスマホのカメラが偶然自分に向いて写った姿を見て愕然。でも、よくよく考えると、みんな平等に年を取るんです。私ばかりではなく、同級生もどんなに美しい女優さんでも同じ。瀬戸内寂聴さんの「何を塗っても、引っ張っても、3歳くらいしか見た目変わらないのよ」、『置かれた場所で咲きなさい』の著者の渡辺和子さんの「今日が一番若い日」、『魔女の宅急便』の著者の角野栄子さんの「私は永遠の18歳」など、どこかで聞いたり読んだりして身に染みた言葉を思い出し、私はこの路線だなと。外見は少しずつ枯れていくけれど、気持ちは瑞々しくありたいなと思っています。

そんなふうに、言葉の力には励まされてきました。ものすごく落ち込んだとき、『でんでんむしのかなしみ』にあった「悲しみは誰でも持っているのだ。私ばかりではないのだ」というフレーズを思い出し、そうだよねって賛同しながら少しずつ、気持ちが上がっていきましたね。向田邦子さんがよくおっしゃっていた「禍福は糾える縄の如し」という言葉も大好きですね。幸福や不幸は交互にやってくるもの。みんな悩むことや苦しむことってそんなに変わらないじゃないですか。辛くても悲しくても、仕方がないと思って、ちょっとでも前に進むようにしてきました。

還暦を過ぎた今は心が動く好きなことだけを

黒柳徹子さんが「心がビビッと動かないことはしないと決めたの」とおっしゃっていて、そう思って生きています。50歳になったとき、自分の根っこになる活動がしたいと始めた「紺野美沙子の朗読座」では、『源氏物語』ならイケメンの二十五絃箏者をお招きしたり、『スーホの白い馬』では爽やかな馬頭琴奏者の方にお願いするなど、退屈じゃない朗読会を目指して私自身が企画をし、楽しんでいます。好きなことを一生懸命やって、それで喜んでくださる方がいるのなら、こんなにありがたいことはないですね。「元祖スー女」と呼ばれるほど昔から相撲が大好きで、先日横綱審議委員会委員を拝命したときは、本当に嬉しかったです。

女優業も朗読も声が命。だから常にひとりのときも声を出すようにしています。誰もいなくても帰宅したら「ただいま」、忘れっぽくなっているので、「次は洗濯」「今日は2つ荷物を持って出発」とか、掃除しながら早口言葉、運転しながら発声練習……。ボケ防止にもいいですね。

仕事で医療関係者の方と話すことも多いのですが、みなさん共通しておっしゃるのは「ストレスが万病のもと」。病気に与えるストレスの影響は大きいですね。ストレスのない人なんていないわけで、いかに上手に付き合って、解消していくしかないでしょ?だから何事もいいほうに解釈して、お酒も我慢せず、飲んだほうがリラックスできると思って飲んでいます(笑)。人間関係にギスギスしたときは、車を運転して大声を出したり、カラオケに行くのもいいですね。

富山に通うようになって、朝獲れのイカが3杯300円とか、新鮮なほうれん草が100円というのを知って、豪華じゃなくても旬の新鮮な食べものとおいしいお酒があれば私は幸せです。

紺野美沙子さんから40代に伝えたいメッセージ

40代って、誰もが一生懸命に頑張っています。でも、年齢を経るに従って、「いい加減でいい」ということを学びました。そんな時期が来ることを楽しみにして、今を乗り越えてください。

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2022年『美ST』7月号掲載
撮影/中村和孝 ヘア・メーク/冨永朋子(アルール) スタイリスト/石田純子(オフィス・ドゥーエ) 取材・文/安田真里 編集/和田紀子

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